12 休み明けに起こること

 休み明けというのはいつも体が重いものだ。だがそれが長期休暇のあととなれば重さが倍押し寄せてくる。そんな重圧を感じながら但野は社屋に入っていった。

「あーだる。早く帰りたい」

そんなことを思いながらデスクに着くと彼はどこか違和感を覚えていた。いや、休み明けである以上違和感を覚えるのは仕方ないことではあるのだがそれにしても今まで感じていたものとはどこか性質が違うようだ。何か、今まで有ったはずの住宅が気づいたら壊されて更地になっていた時のような感覚のようであった。

「・・・まあいいか」

パソコンの電源を点けてメールを確認すると大量の未読メールが入っていた。そのうちのほとんどが休み中に来た問い合わせである。あまりの多さに但野は軽く眩暈を起こしかけた。

「うわマジかよ」

そんなことを考えていると田中が後ろから話しかけてきた。

「おはよう但野。ゆっくり休めた?」

「はいなんとか」

「とりあえず問い合わせは分担して片付けよう。まずは開發来るの待とうか」

「分かりました」

それから数分後に開發は出社してきた。

「おはようございます課長。少し寝坊してました」

「初日から遅刻はまずいでしょ!まあ間に合ったからいいけどさ」

「すいません。それと問い合わせですけど」

「ああそれね。とりあえず・・・」

それから午前中は返信メールの作成に追われていた。その間にも但野は今朝から感じている違和感と格闘していた。幸い業務をこなしていることもあってか、違和感に支配されず昼休憩に入ることが出来た。

「二人とも、一旦休憩!」

「あ、はい!」

田中の掛け声とともに但野は弁当を取り出して昼食をとった。それと同時に但野は違和感の正体に気づいた。

「あれ、青山さんどこ行った?」

思い返せば今朝から彼女の姿を見ていない。いつもなら自身が出社してくる時間には既に彼女はデスクに座っていた。彼が先に付くときと言えば大抵はどこかに寄ってから来ることがほとんどである。それ以外は彼女が休みの時だ。

「・・・まだ休み取ってるのか?」

そう思いながら彼は昼食を食べ終えて休憩室に向かった。既にそこには電子タバコを咥えた田中と大原が座っていた。

「ああ但野お疲れ」

「お疲れさまです」

「おお但野、お前は元気そうだな」

「元気そうというと?」

大原はどこか神妙な面持ちだった。

「いやさ、青山の奴夏風邪引いてもう1週間休みになっちまって。ただでさえ引っ越し作業で忙しかったのにこれじゃあ可哀想だ」

「え、夏風邪ですか」

但野は急に彼女のことが心配になった。

「でも部長、青山さんが風邪ってなんか意外ですね。結構丈夫そうな子だと思ったんですけど」

「人って環境が変わると体調崩しやすいもんなんだよ。あいつだって人間だし」

「そうですよね。でもまあ来月から彼氏こっちに来るならいいじゃないですか」

「まあ現を抜かすことはするなよとは釘はさしておいたよ。まあ田中さんも体調管理気を付けてくれよ」

「ありがとうございます」

そう言うと大原はタバコを灰皿に投げ捨てて休憩室から出ていった。それと入れ替わるように斎賀と鈴木が休憩室に入ってきた。

「ああお疲れ。二人とも元気そうで」

「お疲れさまです。大原部長にも同じこと言われましたよ」

「そうだよな。ああそれと但野、来週から石垣島だったな」

「はい、そうです」

「もうお前の同期何人か言ってるけどやっぱり暑いって。水分補給はケチるなってさ」

「そ、そうですか」

とはいえ、ここ数年北海道も夏になれば連日真夏日になるのも珍しくない気候になってきている。もちろん但野も水分補給には気を付けている。そこまで不安がる必要はないだろうと高をくくっていた。そう思っていると鈴木が但野に話しかけた。

「そうだ、来週からのメンバーだけど、一人追加で行くことになったから」

「え、誰ですか?」

「伏古の有馬君。会ったことある?」

但野は休み前伏古の店舗で彼と会話した時のことを思い出した。どこか内気な性格で津田のことをどこか怖がっている雰囲気だった。

「一度だけ話したことはあります。でもどうして急に」

「本当は来月からだったんだけど営業の人数減るのがどうしても厳しいっていうから前倒しにしてくれってあそこの店長が。でもまあ新人の子にそこまで押し付けるのもどうかと思うけどね」

9月は決算月であるため、各店舗はいつも以上に利益のために躍起になる月だ。特に伏古は現在の店長が着任して以来毎月利益100%以上を達成しているので役員からもかなりのプレッシャーをかけられているに違いない。

「でも結局9月の頭はいないことになるからあんまり変わらないと思うけどね。あそこの店長の考えることなんか分かんない」

「でも安西店長だったらなんか分かるわ。昔っからそういうとこ厳しかったし」

鈴木の言葉に田中が返してきた。

「あれ、田中さん安西店長と働いたことあるんですか?」

「営業時代の上司だったから。毎日車販と保険の事ばっかり考えてる人で。店長になってからもそんな感じなんだぁ」

田中はため息交じりに紫煙をくゆらせた。その様子を見るからにかなり辛い時期だったのだろうと但野は感じていた。

「まあ一緒にいたの2年だけだけどね。3年目の年に安西さん小樽で店長になって私は解放されたから」

「でも安西さんって今39歳ですよね?6年前ってことは33歳で店長になったってことですか?すごい人ですね」

「一応最年少タイらしいね。まあでも社会人になって分かったよ。どんなとこでも店長ってすごい人だなって」

その言葉を聞いて但野は就活生だった頃のことを思い出した。その時話を聞いたとある企業では早い人は入社2年目から店長に昇格できるという。あまりそそられない企業であった為その時は話半分に聞いていた。だが今になってみれば社会に出て2年目の人間がどれだけ未熟な者であるのかいやというほど思い知らされた。そんな人間がほぼ年上しかいない組織のトップに立つなどあまりにおこがましいことではないだろうか・・・。そんな風に但野は思うようになった。

「ていうことは、相当頭のいい人なんですね、安西店長って」

「そうだね。て言うより店長は頭のいい人じゃないと務まらないよ。まあ臼井さんは色々あったから何とも言えないけど」

田中から久しぶりにその苗字を聞いて但野は当時の嫌な思い出がフラッシュバックしそうになった。

「それにしてもそんなとこに配属されて新人の子も大丈夫なのかな。なんか言ってきたりしない?」

「いや、今のところは無いですね。でも元々内向的な性格なのでそこが心配です」

どうやら鈴木も但野と同じような心配をしていたようだ。特に彼女は研修で但野以上にコミュニケーションを取ってきているので彼の人となりを詳しく知っているのは当然の事だろう。

「まあそう言うわけだから、但野君も優しくしてあげてね」

「分かりました」


 定時近くになってようやっと業務がひと段落した。開發も顔から生気が抜けているように感じられた。

「但野、そっちはどう?」

「何とか終わりました。でも開發さん大丈夫ですか?顔死んでますよ」

「砂川の時と比べりゃまだマシだよ。それより、来週からは石垣島だね」

「はい」

「俺昔2泊したことあるけどさ、本当に暑さだけは舐めない方が良いよ。少なくとも水分補給はマジで気を付けて」

「え、はい」

そう言われると丁度18時になった。

「二人とも終わった?」

「はい、なんとか」

「それじゃあ明日の準備して今日の所は終わり!お疲れ!」

但野は帰りの支度を済ませると退勤を切り駐車場に向かった。途中1階のショールームに差し掛かったところで営業の稲垣とすれ違った。但野は若干気まずい雰囲気になったが意外にも彼の方から挨拶をしてきた。

「ようお疲れ。元気か?」

「お、お疲れ様です。一応元気です」

「そっか。とりあえず健康が一番だからな。・・・ああそれと、お前来週から望月と研修だよな?」

「ええ、そうです」

稲垣は彼に顔を近づけてこう言った。

「もし出来たらさ、あいつが今好きな奴いるのか訊いてみてくんない?最近なんか様子が変なんだよ」

「変?」

「俺も妹居るからなんとなく分かるんだよ。あの感じは好きな奴がいるかもしれねえ」

そうは言われても但野自身彼女とそこまで話したことは無い。どういった方法で彼女からそのようなことを聞けばいいのか皆目見当がつかなかった。

「そんじゃあまた明日」

「は、はい。お疲れ様です」

そう言って稲垣は2階へ上っていった。田中がいるか聞いてこなかったので今回は依然と別件だろう。そんなことを考えながら但野は駐車場へ歩いて行った。

 駐車場に着いて車内に入り込むと先程までの疲労が一気に押し寄せてきた。約1週間ぶりの感覚だ。

「とりあえず、あと1週間」

1週間経てばひとまずは今の業務を抜けて石垣島へ行ける。明確なゴールのようなものがあるおかげでいつものような妙な不安感にさいなまれることも無かった。

「・・・帰るか」

一呼吸おいて但野は車のエンジンをかけて帰路についた。

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8月のソナチネ〜総務の青山さん幕間2〜 大谷智和 @193Tomokayu

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