9 たまたま職場外で出会うことパターン2
お盆休みも折り返し地点まできていた。しかし望月は何もする予定が無かった。これまでの5日間のうち、初日は家族で室蘭までドライブしたがそれ以外は特に遠出するわけでもなく、ただ何となく過ごしていただけであった。しいて言えば3日目に家族でポセイドンの寿司を食べに行ったくらいか。
「・・・暑い」
望月はエアコンのスイッチを押した。しばらくそのまま涼んでいたがだんだんとただ時間が過ぎていくだけのこの環境に耐えられなくなってきた。
「・・・出かけよう」
望月は車のカギを手に取って駐車場に向かった。
「とりあえず・・・カフェ行こう」
エンジンをかけるとそのまま行きつけのカフェに直行した。仕事終わりや休みの日は大体ここで時間を潰している。
「・・・あれ、去年ってこんなに暇だったっけ」
彼女はふと昨年のお盆のことを思い出していた。丁度その時はまだ山崎と交際中であったため、ほぼ毎日会ってはどこか行ったり家でくつろいだりしていた。そのため今ほど退屈さは感じていなかった。だが今年の冬頃に別れて以降そう言ったことで時間を潰すことが無くなり、気づいたら連休中にも関わらず無為な日々を過ごしていた。
「・・・何やってんだろ、あいつ」
そんなことを考えているとカフェに到着した。時間的にそこまで混み合っておらず、すぐに席に座ることが出来た。望月はいつものようにアイスコーヒーを注文してスマホを弄っていた。
「へえ、新しくトライトン発売するんだ」
休みの日とはいえ車のニュースは嫌というほど目に入る。それが自社で売る車となればなおさらだ。望月は今までピックアップトラックと言ったものを販売したことが無かったため、どうやって売るべきか想像がつかなかった。そんなことを考えていると注文したアイスコーヒーが届いた。
「本日はエチオピア産の豆を使っております。ごゆっくりどうぞ」
エチオピアと言われてもいまいちピンと来なかったが気にせずコーヒーを乾いたのどに流し込んだ。それと同時に心地よい苦みが口の中に広がっていった。
「あぁ生き返るぅ」
口腔内と同時に脳内に刺激が走る感覚を望月は覚えていた。枯渇した脳にカフェインはいつも刺激を与えてくれる。
「・・・ああそうだ、せっかくだし円山公園行こう」
彼女は急に円山公園に行くことを思い立ち、コーヒーを飲み干すとそのまま公園に向けて車を走らせた。
公園に到着した頃には既に2時を回っていた。丁度1日で一番暑い時間帯である。だが丁度木陰が出来ているのでそこまで暑さは感じない。望月は当てもなく公園の中を見渡していた。
「・・・動物園来たのっていつ以来だっけ」
もう少し行けば円山動物園にたどり着く。だがこの時間から動物園というのもあまり気が乗らなかった。そもそも一人で動物園というのもはっきり言って虚しいだけだ。そんなことを考えつつ公園を散策していると見覚えのある人影が見えた。その人影はカメラを構えて何かを撮影している様子だ。
「あれ・・・誰だろう」
望月は近づいて様子を窺った。その男は夢中になってシャッターを切っている。やがてこちら側にもレンズを向けてきた。するとその男はこちらに気づいたのか、望月に向けて手を振ってきた。
「よう、こんなとこで会うなんて偶然だね」
人影の正体は和田であった。それに気づいて望月は途端に気まずくなった。
「わ、和田さん?どうしてこんなところに」
「せっかくの休みだし、ここで良い写真でも撮ってフォトコンテストにでも送ろうかなって」
「しゃ、写真ですか」
望月は和田の首から下げられた一眼を見た。彼女自身カメラに明るくないのでどれほどのものなのか分からないがカメラにはかなりの大きさのあるレンズが取り付けられている。
「それ、重くないんですか?」
望月は思わず訊いてしまった。
「これ?そりゃあ重いよ。でも写真撮ってるとなんかそんなの気にならなくなるんだよね」
夢中になると周りのことが気にならなくなるということであろう。だがそれでも望月にはそんなものをぶら下げる気にはなれなかった。
「にしてもいい画が撮れるところだよ、ここは。そう言えば望月さんは何しにここ来たの?」
「えっと・・・することなくて、それでコーヒー飲んだらここ来たくなって」
いまだに彼の前では冷静になって話せない。望月は自分でも支離滅裂なことを言っていると理解していた。だがその様子を和田は特に不思議がることなく見ていた。
「そうか、まあ俺もコーヒー飲んだら気持ち切り替わるからなんとなく分かるよ」
「え、そうですか?」
「まあね。それにしても暑いな。今日確か最高で30度らしいし」
望月は天気予報をちゃんと見ていなかったので最高気温がいくらになるのか把握してなかった。だがここまで暑いとなると確かにそのくらいの気温と言われても納得できる。
「なんかこの近くで茶しばけるとこ無かったっけ?やっぱスタバかなぁ」
「あ・・・」
彼女はこの近くに最近できたカフェを思い出した。開店したばかりの頃に行ったことはあるがそれっきりだった。
「あの・・・この近くに、いいカフェならありますよ」
「あ、そうなんだ」
「よろしければ、ご一緒しますか?」
頭に血が上っていたのか、はたまた暑さで思考がおかしくなっていたのか分からなくなっていたが望月は彼にそう問いかけた。
「え、良いの?ていうか歩きで行ける?」
「あ、えっと、自分の車で来てるので、それで」
望月は自分でも何を言っているのか分からなくなっていた。確かに和田に好意はある。だが下手に自分の気持ちを押し付けてしまえば返って逆効果になってしまう恐れもある。現に和田は青山にプレゼントを渡すような行為もしている。それは要するに和田は青山に好意があるということではないだろうか・・・。望月は自分の発言を取り消せないか必死に考えた。すると和田は返事をした。
「じゃあせっかくだし一緒に行こうか。俺もこの後暇だし」
「え・・・良いんですか」
「ああ。せっかくいいとこ紹介してくれるんだし」
「・・・良かった」
望月は心の中でそうつぶやいた。
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