8 たまたま職場外で出会うこと
開發はサバゲーフィールドで射撃練習をしていた。サバゲー自体は学生の頃友人に誘われたのがきっかけでやり始め、そこから現在に至るまで続けている。それなりに金のかかる趣味ではあるがそれ以外の部分で節約しているのでそこまで金銭的に苦労しているわけではない。しばらく練習をしていると後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「お疲れさんです、奇遇ですね」
振り返るとそこには本店の稲垣が立っていた。どうやら彼もサバゲーをするようだ。
「ああお疲れ。ほんと奇遇だな」
「ていうかここ使ってたんですね。俺も暇なとき来るんですけど会わなかったので気づきませんでしたよ」
確かにこのフィールドを使い始めて8年くらいになるが一度も彼と鉢合わせたことがない。とは言ってもお互いの生活リズムが違うのであればそれも致し方ないだろう。
「一応毎週来ているけど、時間帯違うみたいだな」
「そうっすね。そう言えばオンライン課に移ってからどうすか?」
「どうって?」
二人は近くにあるベンチに座って話し出した。
「なんていうか田中さんって結構性格きつくないすか?いっつも話に行くとき色々言われるんで」
「きついっていうか、せっかちなところはあるかな。それと結構ストイックっていうか」
「それがきついっていうんじゃないすかね?あぁそれとなんかぼーっとしてる部下もいるじゃないですか?」
ボーっとしている・・・その表現に開發は違和感を覚えた。
「なんていうか俺より下の世代ってなんかぱっとしない連中ばっかなんですよ。大学の後輩も入ってからなんていうかシャキッとしないっていうか・・・まあ辞めた奴なんでどうでもいいですけど」
稲垣の後輩・・・開発は思い出せるだけの社員の名前を記憶から探り出したが思い出しきれなかった。
「やっぱ営業を新卒で雇うっていうのが間違ってるんですよ。多少は経験値ある奴雇わないと採用に賭ける費用に合わないと思いますよ?」
「・・・まあ、確かに最近辞めてってる子も多いけどな」
稲垣はスポーツドリンクを一口飲むとさらに続けた。
「大体定時に帰りたいとか休日はきっちり休みたいとかぬるいこと言う奴が多すぎるんですよ。そういうのは結果出してから言えってんですよ。1台も売れねえ奴がワークライフバランスとか抜かすのむかつきません?」
「そうは言ってもなあ、もうそういう時代じゃないからなぁ」
開發も営業時代は同じような愚痴を上司から聞かされたことがある。その上司は分かりやすい仕事人間であり、昨今のワークライフバランスやコンプライアンスと言ったものに一切理解を示さないタイプだった。だが今思い返せばそうしていかなければ耐えられない人間だったのかも知れない。
「同じこと言ってる上司が砂川にもいたよ」
「やっぱそうですよね。カーディーラーにはそういう人間が一定数必要ってことじゃないですか」
「・・・死んだよ、その人」
「え・・・」
先程まで立て板に水の如くまくし立てていた稲垣の口がぱったりと閉じた。
「仕事のし過ぎで奥さんに逃げられたんだ。しかも自分が病気だって気づかないで・・・。気づいたときは末期ガンだってさ」
稲垣は返答できなかった。おそらく先程までの自分の言動に後悔しているのだろう。
「でもあの人、仕事以外本当に何も無かったのかも知れないんだ。現に仕事以外何してるかって質問にも答えなかったし。多分それ以外で自分を保てなかった人だったんだよ」
「・・・すみません、俺ってバカですね、そんなこと考えもしないでベラベラと」
「いいよ、気にしなくても。むしろ本音を聞けて良かったよ」
「そうすか・・・ていうか、開發さんはどう思ってますか?また営業に戻れって言われて続けたいですか?」
「営業か・・・」
開發は少し考え込んだ。本社に移ってそれなりに経つがこれまでまた店舗勤務といった話は出てきていない。だがこの10月からこの会社にも新事業の為の準備室が出来ると小耳にはさんだのを思い出した。
「10月になってみないと分かんないな。でも俺は別に、今の仕事は好きだよ」
「・・・そうすか。まあ10月くらいになんか新事業の準備室出来るって噂聞いたんでそれ次第ですね」
「ああ、稲垣も知ってたんだ、それ」
「青山っていう情報源がありますからね」
やはり青山か・・・開發は彼女の情報の速さに少し驚いていた。すると稲垣は続けて青山の話題を振った。
「そう言えば話変わりますけど、あいつ今度引っ越すんですって?」
「ああそうだよ。6月くらいからそんな話してたっけな」
「ああそうなんですか。てっきり彼氏が札幌に来るからその準備かと」
「彼氏?」
「ああ知らないすか?なんか9月にそいつこっちに引っ越してくるって言ってましたよ。どこで知り合ったか知りませんけど」
彼女に恋人がいることは薄々気付いていた。だが遠距離だとは知らなかった。開發が知っていた情報と言えば彼氏がいることと毎晩オンラインゲームをしていることくらいであった為だ。
「まあでも、うちの人間であいつに気がある奴は流石にいませんよね?いたとしても何も知らない新人くらいっすよ」
「それなら、まあ安心だろうな」
すると稲垣のスマホに着信が入った。稲垣は席を外して電話に出た。
「あぁもしもし?・・・え、でんすけすいか?分かったわ、じゃあこの後家寄るわ・・・はーいそれじゃあ」
電話を切るなり稲垣は荷物をまとめ始めた。
「すいません、親がスイカもらったっていうんでこれから実家戻りますね」
「ああ、それじゃあな」
「はい、お疲れさまです」
そう言うと稲垣はそそくさとその場を後にした。一人残った開發はその場で炭酸飲料を飲んでいるとフィールドにいた中年の男性に声をかけられた。
「すいません、良かったら一緒にどうです?今丁度人減っちゃって」
「ああはい、是非」
開發は防弾用ゴーグルを嵌めるとフィールドの方へ歩いて行った。
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