5 本社で働くということ
イグニスとハスラーはそこまで大きな車体ではないため、撮影はスムーズに終わった。元々レンタカーなこともあってか、ナビやETCなど基本的な装備は備わっていた。だがその反面、目立った特徴といったものが無い為、商談の際にアピールしやすい部分がないのが難点であった。
「とりあえず撮影は終わったから、最後にアウトランダーだな」
「分かりました、今動かしてきます」
すると二人の会話を見透かしていたかのように撮影予定のアウトランダーがこちらの方へ動いてきた。見たところメカニックが動かしているようだ。
「有馬、洗車終わらせておいたから」
「あ、はい、すいません」
するとそのメカニックは但野の方へ歩いてきて車のカギを手渡した。
「なんとか売ってくれよ?俺が新車の頃からずっと整備してきたんだから」
「わ、分かりました」
そう言い残すとそのメカニックは自分のピットへ戻っていった。
「よし、残り1台やっちまうか」
外装には目立った傷も無く、走行距離も10年物の車両にしては短い5万キロ弱であった。ナビは新車時のものであったためそれなりに年季が入っている代物であるがそれ以外では冬タイヤも揃っているのでとりあえずこの冬を越すことは出来そうだ。
「但野さん、あと撮影するものってありますか?」
「いや無いかな。最後に店長に挨拶させて」
「分かりました、案内します」
二人は事務所の中へ入っていった。すると丁度津田が店長と商談のことで相談しているようだ。
「どうしても月3万円以内でやりくりしたいか・・・それなら無理に新車を勧めることもないんじゃないか?」
「そうなんですが、条件にあう在庫が無くて・・・それにお客様もどうしても新車じゃないと嫌だという方なので」
「ああ確かにあのお客さんならそう言うな。いっそ残クレで試算してみたら?」
「それが、残クレだけは絶対やらないと。向こうもそれなりに知恵つけてるみたいです」
「マジかよ、最近ずんだもんの動画に影響されて残クレの文句言う奴多いんだよなぁ」
店長が嘆いていると二人がいることに気付いた。
「ああ、有馬、それと・・・但野君か。撮影終わったの?」
「はい、最後に挨拶にと」
すると津田は但野にガンを飛ばしてきた。
「おめえさ、用事終わったらさっさと帰れよ。こちとら商談で忙しいの分からねえのか?暇な本社組とはちげえんだよ」
津田はキレ気味に但野に言い放った。だがその言葉を聞いて但野の中の何かが切れた。
「何も知らねえくせにほざくな」
「んだと・・・ろくに売れなかったくせにそんなでかい口叩けると思ってんのか?」
津田は今にも殴りかかりそうな雰囲気だった。するとその様子を見た店長が二人の仲をとりなした。
「まあ落ち着け。すまない但野君、こいつには後でしっかり言っておくから」
津田は舌打ちをするとパソコンの方へ向かった。
「とにかく忙しい中ありがとう。大変だろうけど頑張れよ」
「・・・ありがとうございます」
但野が本社に戻ったのはそれから30分後の事だった。
「戻りました」
「ああお疲れ。それと但野、ちょっと休憩室までいい?」
「え・・・はい」
本社に戻るなり彼は田中に休憩室まで呼び出された。まさか先程の口論がもう彼女の耳に入ったのだろうか。休憩室には今のところ誰もいなかったため、必然的に二人きりになった。
「ごめんねいきなり。実はさっき伏古の店長から津田とのことで連絡来てて」
やはりか・・・先程の件は彼自身少し頭に血が上っていたのもあって少し言い過ぎたところもあったかもしれない。そこを糾弾されたらすぐさま謝ろうと但野は考えた。
「なんか津田が失礼なこと言ってごめんなさいって店長が言ったのさ。何かあったの?」
彼女からの問いかけは少し意外なものだった。てっきり自分だけが怒られるものかと思っていたためだ。
「いや実は、最後に挨拶するタイミングで津田と店長が商談のことで話していまして・・・それで津田が用事が終わったらさっさと帰れ、暇な本社組とは違うと言ってきまして」
但野は先程起こったことをそのまま話した。
「それで自分も少し頭に血が上って言い返してしまったんです、何も知らないくせにほざくなって」
「・・・そっか」
田中はタバコを取り出すと火を点けて紫煙をくゆらせた。
「いや、店長はさ、津田が失礼なこと言ってそれで但野にも傷つけたんじゃないかって心配してたのさ。でも何があったのか分からなくて、それで話を聞こうと思ったわけ」
「そうですか」
「実は昼頃に斎賀課長と話したんだけどさ、入った頃からきつい性格だったんでしょ?津田って」
「・・・そうですね、付き合いづらい奴だとは思ってました」
「やっぱりね」
田中はタバコの火を消すと2本目に火をつけた。
「斎賀課長言ってたよ、どこか無理してるんじゃないかって。それにこの時期って営業は連休前だからみんな登録とかでピリピリするんだよ。津田も元々そうだったのかも知れないけどこういう時期だからつい言い方きつくなったんじゃないかな」
そう言われれば先程の口調にも納得がいく。但野もこの時期の店舗の緊張感は今でも覚えているからだ。
「確かに、それはこの時期だから仕方ないとは理解してます。それでも自分は少し言い過ぎました」
「いや、謝ることないよ。実際本社組って営業の人からはそう思われても仕方ないんだから」
但野はハッと彼女の顔を見上げた。
「うちらはその気になれば土日とか休んでも文句言われないけどさ、営業って下手すれば休日でも出なくちゃいけない時もあるじゃん。それに最近は良くなってきたけど残業もお店の方が多いけどうちらは基本定時に上がれるし、そういうとこで暇って思われてるんだよ」
確かに本社に移って4カ月ほど経ったが今のところ残業で残ったのは先月メール対応に手こずった1回だけである。それ以外は基本定時に帰れる環境だ。そう考えると自分は恵まれているのだ。
「だからこれからお店に行く機会も増えると思うけど、そう言うところは覚えておいて。それと津田にはしっかり言っておくって店長も言ってたから」
「そうですか。なんか、すみません」
「いいよ別に。私たちの事思って言ってくれたんでしょ?それならむしろ嬉しいって」
そう言いながら田中は3本目に火をつけた。いい加減自制しろよ但野は心の中で思った。
「でも、同期なんでしょ?それなら仲良くしないと。これからもこの会社で続けるなら同期がいるって結構心の支えになるもんだよ」
「・・・はあ」
そう言われて但野は青山と和田のことを思い出した。あの夫婦漫才を見ているとその言い分も分かるような分からないような感じがしてくる。
「ごめんね急に。とりあえず昨日頼んだ業務は手分けしてやっておいたから。但野は少し休憩しな」
「あ、ありがとうございます」
一方で津田は店長にこっぴどく怒られていた。
「お前さ、いくら集中してるからって言って良いことと悪いことってもんがあるんだよ!分かるか!?」
「・・・はい」
「第一な、本社の人がいなかったら俺たちの業務がどんだけ立ち行かなくなるか理解してねえだろ!それで本社組を暇人扱いしやがって・・・少しは視野を広げてその考え方を改めろ!」
「すみません」
「ああそれと、さっき有馬から相談あったわ。どうしても教育係を変えてほしいって。お前、もう少し余裕持った方がいいぞ」
津田は何も言い返せなかった。それと同時に苛立ちを覚えていた。だがそれも店長にはお見通しのようだ。
「イラつくのは分かる。とりあえずお盆に連休もあるんだし、そこでスッキリしてこい。お前にはそれが必要だ」
「・・・はい」
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