3 炎天下で仕事するということ
新札幌店には30分程度で到着した。駐車場に着くなり見慣れない顔の営業が駆けてきた。おそらく新人だろう。彼がネームプレートを確認すると途端に表情を変えてきた。
「お疲れさまです」
「お疲れ。えっと君は?」
「はい、4月からここに異動してきた湯川栄登です」
異動と言ったことから少なくとも新卒ではないようだ。
「あ、そうなんだ」
「えっと、インプレッサの撮影ですよね?今案内します」
田中の言う通り既に店に話は通っているようだ。但野は湯川に連れられインプレッサの停まっているところまで歩いた。
「そう言えば、本店の望月って元気ですか?」
「え、望月さん?」
「はい、同期なんすよ、自分」
但野は昨年入社した社員の集合写真を思い出した。確かにこの顔の人物が写っていたような気がした。
「そうなんだ。仲良いの?」
「いや自分、研修の時に告白したんすよ。でもとっくに付き合ってるって言われて」
湯川はにこやかにそう言い放った。彼の様子からそこまで精神的ダメージを受けていないように見える。もし和田だったらまるっきり逆のリアクションだったであろう。
「・・・なんか、大丈夫だった?その時は」
「まあ最初は悔しかったですよ。なんせ同期の山崎と付き合ってるっていうんで。でも仕方無いっすよこういうの。よくあることだと思わないと」
相当ポジティブな思考の持ち主に思えた。あらゆる面で和田とは真逆の人間性に思えてきた。
「あ、あれです」
そうこうしているうちにインプレッサの停まっている場所まで来た。
「なにか他に用意するものとかありますか?」
「いや、特に無いかな。あとは一人でやるから大丈夫だよ」
「分かりました。じゃあ戻りますね」
そう言って湯川はショールームへ戻っていった。一人になった但野はそのまま車両の撮影を始めた。外装を取り終わると続けて内装の撮影に移った。
「・・・走行距離6万2千キロ。結構走ってるな」
オドメーターを見ながらそうつぶやくと額から流れた汗が目に入った。シャッターを切ろうとしたタイミングだったので思わずスマホを落としてしまった。
「暑すぎだろ今日」
但野はエンジンをかけてエアコンをつけた。そうでもしなければとても仕事できる環境ではなかった。
「えっとあとは・・・トランクか」
運転席周りの撮影を終わらせて続けてトランクの撮影に移った。こちらはシートアレンジを3パターン撮るだけなのでそこまで苦ではない。だが容赦なく日光が差してくるのでスマホの画面が見づらく、確認に少し手間取った。
「あと撮り忘れは・・・ああコーションプレート撮らないと」
コーションプレートを撮り終えたところでここでの任務は完了した。但野は最後に事務所に立ち寄って店長に挨拶しに行った。
事務所に上がる階段を上る毎に営業時代の苦い思い出が蘇ってきた。2階に上がりきる頃には息苦しさを感じていた。
「あ、撮影終わった感じですか?」
事務所では湯川が自分のパソコンで見積もりを作っていた。
「ああ。えっと店長に挨拶したいんだけど」
「ああすいません、店長今引き取りで藻岩行ってます」
「そっか、じゃあ中古担当の小松さんは?」
「小松係長も今商談中っすね」
タイミング悪く二人ともに挨拶することが出来なかった。だが内心ほっとしていた。正直今の店長は面識が無く、小松に関しては異動してから殆ど話していない。そのため今彼が自分のことをどう思っているか不安だった。だが営業から事務に移ったこともあって内心うらやましく思っているかもしれない。そう思うとまともに話す事が出来ない。
「じゃあ俺次あるから行くね。ああ、あとこれ本社からの書類」
但野は湯川に本社からの書類を手渡した。
「ありがとうございます。じゃあ望月にあったらよろしく言っておいてください」
「分かった、お疲れ」
そう言って但野は社用車に戻ってエンジンをかけた。出発する前に田中に連絡を入れた。
「お疲れさまです。今新札幌の撮影終わりました」
「お疲れ。じゃあ次伏古頼むわ」
「はい」
「ああそれと、丁度お昼の時間だから先にお昼食べちゃいな」
「え、良いんですか?」
「じゃないといつ食べるの?とりあえず伏古の方は急ぎじゃないから焦らなくてもいいよ」
「・・・分かりました。ありがとうございます」
「それじゃあよろしく」
そう言って電話は切れた。
「・・・確かに腹減ったな」
但野は近くに家系ラーメンの店舗があったことを思い出し、そこへ向かおうとした。
「・・・11時だしまあ大丈夫だろ」
そう言って彼は社用車を発進させた。
その頃本社では田中が問い合わせのメールと格闘していた。相手は広島在住でランサーエボリューションに興味があるようだ。
「開發、悪いけど広島市までの陸送費出して」
「車は・・・ランエボですね。えっと・・・ああ9万7400です」
「え?!そんなにかかるの?わや!」
「瀬戸内海とか通るからその分かかっちゃうんですかね」
陸送費の高さに田中は軽く絶望していた。いくら良い車両が見つかったとしてもそこまで陸送費用がかかるとなれば近場の中古車販売店に行ってしまう恐れがある。
「どうしよー、これ決まるか?!まあ喜多川さんいる店だし返信くれば何とかなりそうだけど」
不安を抱えながらも田中は返信メールを送った。そこで力尽きたのか、田中は椅子にもたれかかった。その様子を営業推進課の加藤に見られた。
「田中、おう田中大丈夫か?」
「やっぱ営業って苦労しますね。久々に使ってない脳みそ使いましたよ」
「脳トレになったんなら良いじゃん。それよりも無理し過ぎるなよ」
そう言って加藤は休憩室の方へ歩いて行った。時刻は既に11時半を回っている。
「おっし!昼休みまで気合い入れるぞ!」
田中は机にあるエナジードリンクを流し込んで再びキーボードを叩き始めた。
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