2 古巣に赴くこと

「夕べ1階の稲垣がそこで下取ったインプレッサ商談に使いたいっていってさ。なんか画像データとかあれば提案書とか作れるからって明日までに何とかしてくれって」

稲垣・・・昨日出くわした癖の強そうな男か・・・そう思いながら但野は続きを聞いた。

「本当なら私が行きたいんだけど朝問い合わせ2件も入ってて。それで何とかお願いできないかなと」

「そ、それは、大丈夫ですが・・・昨日任されたデータ入力の方は?」

「そっちは開發と分担してやっておくから。ついでに新札幌終わったら伏古の方も頼める?」

新札幌と伏古、それなりに距離が離れている店舗だ。それを考えただけで億劫だが断るわけにはいかない。

「分かりました。ちなみにそっちでは何を撮ればいいですか?」

「そっちはイグニスとハスラーが1台ずつ。まあやり方は私が教えたから大丈夫でしょ」

確かにこの4カ月でデータ入力や車両の撮影など様々な業務を詰め込まれてきた。そう考えると自分の中にスキルは確かに身についているのだろうか・・・。

「了解です」

「じゃあ朝礼終わったらすぐ出発して。あああとお店にはもう話してあるから」

「はい」

 出発前に但野は青山に声をかけられた。

「お店行くの?事故とか起こさないでね」

「は、はい。ありがとうございます」

「ああそれと、新札幌行くならこの書類渡しておいて」

青山は店舗あてのファイルを但野に手渡した。何やら分厚い書類である。

「じゃあお願い」

「分かりました」

但野は社用車のエクリプスクロスに乗り込んだ。業務で店を回るときは本社持ちの社用車を使うことを許可されている。自家用車のガソリンが減る心配も無いので燃料費の節約にもなる。

「・・・てか新札幌か」

但野自身本社に移ってから新札幌店に赴くのは今日が初めてだ。既に当時苦手だった人物は異動または退職しているのでそこは心配ない。だが自分にとってのトラウマの象徴のような店に再び足を踏み入れるというのはそれなりに覚悟のいることだ。そのことは田中も承知の上だろう。

「仕方ねえ、行くか」

そう言って但野は車を発進させた。


 一方で田中と開發はデータ入力をしながら何やら話し込んでいた。

「開發、伏古の方は終わった?」

「あと1台で完了です」

「了解・・・それにしても但野大丈夫かなぁ、一人で任せちゃったけど」

「まあ大丈夫だと思いますよ?入った頃と比べたら撮影も上手くなってますし」

「それは良いんだけど」

田中はキーボードから手を放して頭を抱えた。

「流石に、新札幌行かせたのはまずかったかなぁ。トラウマ思い出して病んだりしないかなぁ」

その言葉に開發も同意した。

「確かに・・・やっぱ俺行った方が良かったですか?」

「でも今更嘆いても仕方ないか」

すると和田が田中に話しかけてきた。

「田中課長、下取りしたワゴンRの在庫番号付きました。それとパジェロミニの方は来週JUのオークションに出品します」

「え、そっちオークションかぁ。分かったありがとう」

「ところで、但野一人に行かせて本当に大丈夫ですかね?」

「流石に悪手だったわ。ああそう言えば和田もあそこだっけ?」

「はい。あそこでボコボコにされて1年くらい休んでましたよ」

田中は適当に相槌を打った。だが彼女は和田が病んだ理由が仕事のせいでなく女絡みであることは既に青山から聞いている。

「なんか知りませんけど、あそこって時代に逆行してるっていうか、コンプラってもんをまるでガン無視してるっていうかそんな店なんすよね」

「まあ今回の人事異動で少しはマシになるんじゃない?」

「人と同じです。店っていうのもそう簡単に変わりませんよ。多分」

そう言い残すと和田は田中のデスクを離れ、青山のデスクの方へ歩いて行った。

「なんかいい話聞かないね、新札幌店って」

「ひょっとして事故物件だったりします?あそこ」

「それは・・・いや、関係あるかな。あの辺りでやばい事件とか無かったよね?」

「確か・・・9年くらい前に殺人事件あったのあの辺りだった気がします」

「えマジ?・・・いやいや、そんな事いいから仕事仕事!」


 和田は青山のデスクにたどり着いた。何やら話があるようだ。

「んで、さっき話あるって聞いたけど」

「あああんたか。いやこの前の健康診断のことで」

青山は和田に健康診断の結果を手渡した。しかし和田にはどうして自分にだけ手渡しなのかがよく分からなかった。

「何?超健康だって褒めてくれるの?」

「アホか。肝臓の数値引っかかったから精密検査してって」

「肝臓?!」

和田はこの1年処方薬の兼ね合いと健康のために酒を断っていた。そのため営業時代よりは大分まともな結果になると予想していた。だというのにこのザマである。

「はぁ?俺1年酒我慢してたのに何で肝臓で引っかかるの?」

「こっちが聞きたいよ!とりあえず消化器科ある病院で診てもらえって」

「南無三」

和田は魂が抜けたような表情でデスクに戻った。

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