8月のソナチネ〜総務の青山さん幕間2〜

大谷智和

1 8月に入って起こること

 労働組合のイベントも終わり、いつの間にか8月になっていた。この月は中旬にお盆の長期休暇があるため、稼働日数が少ない。それだというのに業務量は据え置きのため、短い日数でやりくりしなければとても終わらない。

「但野、宮の沢店のデリカ3台と登別店のフォレスターの画像データ今日中に入力して!」

「分かりました!」

田中は焦ったように但野にデータ入力をお願いしてきた。だがその間も問い合わせが途切れることは無い。

「開發ごめん、但野の代わりに福住店のお問い合わせお願いできる?」

「分かりました」

異動してきて今月で4カ月、業務には少しずつ慣れてはきているのだがやはりメール返信の業務は今でも苦手意識はある。対面ではないとはいえやっていることは営業とほとんど変わらない。そう思うと但野自身にそれなりのプレッシャーが与えられているように感じるのだ。対して開發は営業時代から優秀だったと聞くのでその分メール返信もかなり手馴れているように見えた。

 データ入力が終わる頃には定時ギリギリの時間だった。但野は目に疲労を感じて目薬を差した。すると田中が声をかけてきた。

「但野、このデリカのタイヤグッドリッチじゃなくてオープンカントリーだよ!ちゃんと確認した!?」

但野は慌てて先程入力したデータを確認すると確かに取り付けているタイヤを間違えて記入していた。

「すいません、すぐ直します」

「但野、急ぐのは分かるけどミスはなるべく少なく!じゃないとお客様とトラブルになるからね!」

田中はそう言ってデスクに戻った。業務が切迫しているので田中もピリピリしているのが感じられた。但野はミスを直すと念のために他の車両データにもミスが無いか確認した。

「えっとこれは・・・純正のルーフキャリアだな。合ってる」

一通り確認を終えると丁度就業の時間となった。

「但野、時間だけどやり残したこととか無い?」

「大丈夫です。データもさっき見直しておきました」

「えらい。じゃあお疲れ」

「はい、お先に失礼します」

退勤を切り階段を降りる辺りで開發が後ろから声をかけてきた。

「お疲れ。今日は大変だったね」

「はい、結構業務が詰まってたっていうか」

「ああ。でもタイヤも違いとかはよく見ないと間違えやすいから気を付けるんだよ」

先程の注意は開發にも聞こえていたようだ。

「はい、以後気を付けます」

「よし、じゃあお先」

そう言って開發は階段を駆け下りて行った。どこか急いでいるように見えたので、何か用事でもあるのだろうかと但野は思った。

「・・・ああ疲れた」

帰り際に但野は本店のショールームを覗いてみた。丁度上田が接客中だった。雰囲気から察するに商談の最中なのだろう。営業にとってみれば定時になろうがそこに客がいる限り商談は続く。ある意味定時など意味をなさない職域だ。そう思うと但野は自身が営業だった頃のことを思い出して気分が悪くなった。

「・・・帰ろ」

但野が踵を返すと丁度営業の稲垣と遭遇した。

「おい何見てんだ」

稲垣は但野の顔を見るなり挨拶もせずに聞いてきた。

「す、すみません」

「ん?お前中古車部の?」

「え、はい。そうです」

「まだ田中さん残ってる?ちょっと話あるんだけど」

「課長ですか?まだいらっしゃると思いますが」

但野がそう返すと稲垣は何も返さずにそのまま本社フロアへ上っていった。

「・・・なんだあの人、挨拶もしないで」


 翌日の出勤時も但野はどこか憂鬱だった。今日も入力しなければならない車両データが5台近くあるうえにいつ来るか分からない問い合わせメールにも気を配っておかねばいけない。

「今日も1日頑張るぞい」

但野は自分を鼓舞するようにどこぞのアニメのセリフをデスクでつぶやいた。すると田中がタイミングを見計らったように後ろから声をかけてきた。

「おはよう但野、ごめん今日写真撮りに新札幌行ってくれない?」

但野は一瞬耳を疑った。

「・・・え、新札幌?」

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