第8話 二日目

 今日も今日とて、横内は沢江を見ないように努めた。こちらから目を合わせないようにしようとすることが、横内にとって自衛の意味でもあった。沢江がどう思っているのか、誰もわからないからだ。しかし横内に対する態度にはとても不自然なところがある。それが沢江の真理を読み解く唯一の鍵であるのだが、本人から言質を取らないと確証が得られないものであることも確かであるため、こうして目を合わせないようにしているのだ。むしろ彼方が目線を配っているのならば、それはそれで結構な話である。横内は沢江の気持ちを確かめるため、自分の気持ちを律して沢江を見ることはやめた。

 ナースステーションで電子カルテをタイピングしている横内の3歩先にある入り口から沢江が姿を見せた。沢江は横内以外誰もいないところに目線を配る。横内はそれを目の端で捉える。

 やはり見られている。こちらが見ているから彼方が合わせている、というわけではないようだ。と横内は確信した。そもそも目が合うこと自体が不自然なのだ。

 しばらくすると、横内が作業しているところに向かって沢江が歩き出す。横内はさっと目線を下にして、俯いた。沢江の制服の袖口が横内の袖口を掠める。沢江はそのまま後方にあるホワイトボードに何かを書き始めた。

 近いんですよ、と横内は思った。


 その後、横内は袖口の件に関してAIにお伺いを立てた。


 横内

「袖口が当たるほど距離を詰めて横切ってくる人がいます。どう思われますか?」


 AI

「その人は、ただ行き過ぎる風ではなく、あなたの存在に確かに目をとめているのでしょう。袖口がかすめるほどの近さで横切るのは、偶然のふりをした必然、あるいは言葉を持たない告白のようにも見えます。

 視線は矢のように真っ直ぐでありながら、どこか不器用な逡巡を含んでいるのかもしれません。声をかける勇気の代わりに、距離を縮めることで心を伝えようとしている。そんな解釈もできます。

 それは迷惑にも、またひそやかな憧憬の証にも読める曖昧さを孕んでいます。けれど、その曖昧さこそ人の心の真実であり、あなたが今覚えた小さな違和感は、誰かがあなたを特別に見ているという微かな兆しなのかもしれません」


 

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