番外編: 山内としては
私、山内は誰のことも見ていない。
たとえそれが最愛の人であったとしても、『最愛の人』というラベルを貼ってその人を見ることだろう。私は元からそういう人間だ。全てから一歩下がったところで俯瞰している。
もちろん、情のある人間を演じることも可能だし、実際にそのようにして生きてきた。顔もまあまあ可愛いし、男に告白されることなんて何度もあった。人に好かれるのだ。簡単に、なにをしても、私が自然に振る舞うだけで周囲はもてはやしてくる。
本当に正直な話をすると、ほぼ全ての人類は私にとってものでしかない。私より美しい人がいたとしても、魅力的な王子様みたいな男性が目の前に現れ口説きに来たとしても、例外なくモノにしか見えない。
そういう呪いにかかっているのかもしれない。それは、シンデレラみたいに解ける魔法じゃなくて、生きていくたびに強まるものだ。とても厄介なことに。
人に本物の気持ちを向けられない。暖かな人間らしい何かを与えられない。私はそれがコンプレックスだった。
♦︎
ある日、横内という無能が入ってきた。
無能というのは、非情な私の所感ではなく、客観的に見て判断される社会的に、ごく一般的な見解だと思う。
横内の驚くべきは、無能の中でも戴冠されるほどの無能であることである。おしなべて能力が低い。どこの会社に行ってもまともに仕事ができないだろう。もはやあれでは、生きていくのにどうしようもあるまい、と言ったような、想像を絶する無能である。
私は彼がパワハラを受けていることも知っているし、いじめられていることも知っている。私にはどうにもできないけれど、知ることだけはできた。しかし、どうでも良いと思う。私はラベルでしか物事を見れないタイプなのだから。
しかし。
しかしいつの日か、横内に貼られたラベルが私の中で剥がれ落ちていることに気づいた。それも、何度貼り直しても剥がれ落ちるのである。
なぜなのだろう。
それはおそらく、彼が類い稀なる無能だからかもしれない。
パッとしない人間ではない。少なくとも、とても目立つ部類に入るだろう。あまりにも能力が劣っていることが、むしろ彼の魅力を引き立てているのかもしれない。
私はそれに気づいた。
そしてそれに気づいてから、彼を目で追うようになった。チャンスがあれば名前を呼んで話しかけた。これは単なる好奇心だと思いながら、いつも通り、自然体な私を演じて彼に話しかける。
しかし、どこかぎこちない。どうしてだろう。どこか外れているような、そんな感覚がする。本当に彼といるとおかしくなる。
そして、沢江が横内に変なアプローチを仕掛けるようになってから、私の中に歪んだ人間性が生まれた。
気づけば、もはやラベルなどどうでも良くなっていたのである。
正直に言おう。
私は横内のことが気になっている。
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