第4話 えっ、なんで?
まるで満ちた潮が引いていくように、横内は沢江の行動を考えることをやめたのである。ある日ぱったり、何事もなかったかのように、横内の思考には凪が訪れていた。
ナースステーションには相変わらず機械音が鳴り響いている。ナースコールが時折さけび、それに応じてかけつける看護師が狭い室内を行き交う。
医療事務の山内は忙しない時の中でレセプトをまとめ、書類を届け、受け取っていた。あとひとり私が増えたら、と文句を垂れながらも、自身も忙しない人間のひとりとなり、病棟の歯車として回っていた。
が、どうにも、横内の様子だけがどうも引っかかった。常に俯きがちであり、元気がなさそうなのだ。日頃からオドオドしている彼が、とうとうあのようになれば、これからどう接していけば良いのかわからない。
山内は書類の整理をひととおり終わらせてしまうと、横内に話しかけようとした。
「...ん?」
しかし、山内がそれをためらったのは、俯いて資料を読んでいる横内の正面に沢江がやってきたことであった。沢江は行くかいくまいか、まるで歩く先を見失ったブリキのロボットのように挙動不審に前後を確認し、そして「私のペン...どこ?」と言いながら、横内のすぐ横を通り過ぎていった。胸ポケットにささった一本のペンに触れながら。
もちろん横内は無反応だが、少し強張っているようにも見える。眼がふるえ、あきらかに緊張している。
「(ははあん。そういう...)」
山内は話しかけることを諦め、元の仕事に戻った。自分が横内に話しても何も解決しない物事であることが、山内には容易に想像できたからである。
♦︎
山内と亜季はともに同じ病院で働き、そして幼馴染であった。巷でよく言われる、”宅飲み”を我らでもやってみよう、という試みは、本日の19時に行われたのである。
「ねえ」と亜季は酎ハイを飲みながら山内に話しかける。「前ね、横内くんから相談を受けたんだけど、沢江ちゃんの件で」
「沢江...ああ」
ふたりの共通認識が正確に形成されたことを、互いに理解する。
「どうすればいいんだろうね、あれ」
亜季はそう言いながら、ポテトチップスをつまむ。
「さあ、沢江次第よ」
「仕事に集中できないって、横内くんが」
「当たり前でしょ。忍耐しかない」
「まあねえ、横内くんからしたらとても困惑ものだろうけど、でもはっきりと沢江ちゃんがどう考えているのかを知る術もないんだからね」
「御愁傷様でありんす」
ふたりはここで、本日2回目となる乾杯を交わす。
「だからね、おそらくこの件は沢江ちゃんにアプローチした方がいいと思うんだけど、なんかいい方法ないかな」
「相談員が何言ってんの!」
「情報収集大事〜」
山内は少し考えた上で、あ、と閃いた。
「最近、沢江はシュークリームにハマっているらしい」
それだ、と亜季は指を鳴らした。
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