第3話 場合によっては
沢江は病院の屋上で、街の展望をおにぎりと共に楽しんでいる。昼休み、柔らかく暖かな風が吹く昼下がりは、沢江の心のヨゴレを洗い流す。
佐山商店のおばあちゃんが握るおにぎりはとても美味しい、と沢江は思う。霧に手を通すようにすっと、歯が米粒を通過し、噛めば噛むほど米の甘さと具のしょっぱさが混ざり合って絶妙なハーモニーを奏でる。
沢江は何かを考えている。
それは、昨日仕事で失敗したミスのことかもしれないし、過去の恋愛のことかもしれない。それとも、今日の帰りに寄りたい店をひとつひとつリストアップしては、削除と追加を繰り返しているのかもしれない。しかし、彼女のこころのうちを知ることになるのは、たとえ万物の創造主であろうとも、当分先になりそうであった。そう決められているのだ。ずいぶんむかしに流行ったマジックの種明かしが突然流通するように、彼女のこころのうちは後からお披露目されることになっている。
沢江の後ろからがちゃりとドアの開く音がした。沢江が振り向くと、そのドアから横内が入ってきた。コンビニエンスストアの袋を持っている。おそらく彼も昼食を食べにきたのだ、と沢江は思った。
横内は沢江に気づく。すると少し驚いたような表情をして、気まずそうに目を逸らす。そして入口の側のベンチに座り、レジ袋からサンドイッチを取り出した。沢江は自分の食べていたおにぎりに目を配る。もう二口あたりで食べ終わりそうだ。沢江は思いっきりそれを食べ切ってしまうと、屋上から去った。
横内は沢江が去っていくのを雰囲気で確認すると、ほっと一息ついて、サンドイッチを頬張る。横内は、沢江が何を意図して、病院の屋上からさっていったのだろう、と軽く考えた。自分と目があって、とても急足でスタスタと去っていった沢江に対して、やはり自分は嫌われているのだろうか、とも考えてみた。けれども、考えれば考えるほど、自分が沢江に翻弄されていることを自認して少し情けない気分になる。だからそうなったとき、横内はあまり考えないようにしている。
場合によるのだ、と横内は思う。
ひょっとしたら、自分に対して特別な感情を抱いているのかもしれない。それとも、自分を見たことで仕事の粗を思い出して、修正するのに走り出したのかもしれない。それとも、もとから無意識で急足のようになっているのかもしれない——。
考えても無駄なことで、気のせいだ、と横内は今までの考えをまとめる。そもそも、沢江とはあまり話さなくても仕事は成立するのだ。自分の思い過ごしかもしれないし、彼女の方が自分よりも自分に対して悩んでいるかもしれない。そうなるととても申し訳のないことだ、と横内は考えた。そして、これから先は沢江のことを考えたり、目線を配るのはやめておこう、と方針を定めたのだった。
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