第2話 分裂と猖獗
横内は暗いところにいる。
べっとりとしたヘビーな黒いペンキを、隅から隅まで隈なく隙なく際限なく塗りたくったような、そんな暗闇にひとり、ポカンと口を開けて立っている。
「ここ、どこ?」
ここはどこか。横内はそんな疑問を持ったことにすら驚いている。自分がどのような姿をしているのかさえ、わからない。そもそも姿形が存在しているのかあやふやで、声も思考も、周囲の黒に吸い込まれ概念を失った。
横内が困惑していると、乱数を引き当てたゲームのバグ演出のように急に場面が切り替わり、いつものナースステーションにいた。
横内の目の前には沢江が立っている。沢江は横内をじっと見つめると、肩を掠めるほど近い距離を横切った。ふわりと香るシャンプーの爽やかな香りに胸が1センチほど上下した横内は、むしろ沢江を怖しいとさえ思う。
なぜそのようなことができる?
何を思っている?
横内は考える。沢江の視線に気づく。いや、すでにたくさんの沢江の視線に気づいている。しかしどのようにすればよいのか、自分ではわからない。
横内の周りには沢江が幾重にも増え続け、次第に横内は沢江に押し潰された。
♦︎
「という、夢を見たんです」
横内はソーシャルワーカーの亜季に話す。
「ふうん。沢江ちゃんの視線と近さが気になって、夜もまともに眠れていないのね」
そうなんです、と横内は頷く。
「しかしあれね、沢江ちゃんはなんで横内くんにだけ距離が近いのかしらね。狭くない場所でわざわざ肩を掠めるくらいに体をすれ違わせたり、目を合わせようとしたり...もしかして、気になってるのかしらね、横内くんのこと」
口下手な彼女の精一杯のアピールだったりして、と亜季は仄めかす。しかし、横内は「それは違いますよ」と否定した。
「全く目を合わせないときだってありますよ。近くに座っている時とか」
「いやいやそれはあなた、近くでじっと見るのはいかんでしょう。たしかに今までのは十分すぎるほどのアピールだけど、あくまでも彼女は”遠くから観察して、さりげなく近づいて離れる”ことをしているわけで、近くでガン見は彼女にとって危険な行為なんじゃない?」
横内は、うーんと唸る。まあ、ただね、と亜季は続ける。
「もしそれが不快に思うのなら私に言って?なんとかしてあげる。多分沢江ちゃんに直接いうのは避けるべきだと思うから、なんとなく真意を聞いてあげる。
「本当ですか?」
「もちろん」
亜季はウインクして答えた。
♦︎
一方、休憩室では海道と沢江が貰い物の菓子を頬張っていた。特に沢江は手の運びが止むこと知らず、一心不乱に食している。
「なあ」海道はポリポリと煎餅を鳴らしながら、沢江に話しかける。「お前、どうしてそこまで食えるんだ?」
「勿体無い」
「そうか」
海道は考えるのをやめた。
「そうだ。なんでお前、いつも決まって横内の周りを彷徨くんだ?」
話しかけたいのか?
と海道が聞く。
ブッと菓子を吹き出す沢江。
きったね! と仰け反る海道。
「...困ってるあいつをほっとけないとか?」
海道が聞くと、まあ? と首を傾げながら沢江は言った。
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