番外編・ルティアが気を失った後のジョンド
「ルティア!?」
俺に抱きついていたはずのルティアの腕から力が抜けて、地面に崩れ落ちそうになったのを何とか抱き留めた。何かあったのかと顔を覗き込めば眠っているようにしか見えない。口元に手を当ててみるが呼吸も正常で、そもそも付近で魔力を使われたような気配もなかった。
……緊張の糸が切れて眠ってしまったのだろうか。そう結論づけることしか出来ない状況である。確かに、おそらく普通の環境で暮らしていたであろうルティアにとって先程まで起こっていた出来事は経験したことのないものばかりだったはずだ。今まで意識を保っていただけでもすごいことである。
しかし、その、告白をされたときはらしくもなく動揺してしまった。顔に出ていないといいのだが、なにぶん自分では確認することが出来ないから分からない。
俺が前世の人生も含めた上で恋愛感情を伴って好きだと言ってくれたのは三人だけだ。その中でもメーチェは取り下げると言っていたから実質的には二人ということになるのだろうか。
前世ではコーデリア。今世ではルティアの二人である。
ルティアは俺がコーデリアとして見ていないから好きになったと言ってくれた。でも俺にとってそれは普通のことなのだ。お互いに前世の記憶があるのなら同一視しないのは難しい。俺は性格というものは個人の記憶の積み重ねで作られると思っているからである。多少の違いこそあれど、前世の記憶を所持している時点でほぼ同一人物に近いと言ってもいい。
でもルティアは違うじゃないか。確かに最初に見たときはコーデリアだと思った。前世の記憶の所持している者は同じ感覚を所有していると考えているが、魂のオーラが見えるのだ。それがコーデリアだったというだけだ。会話を交わせば一言でコーデリアとは別人物だと分かる。魂は同じものでも、生まれてからの記憶の積み重ねが全く違う別人だ。
だから俺の中でルティアはコーデリアとイコールで結ばれる存在じゃない。その自分の考えに従っていただけだったのが、ルティアにとっては本当に嬉しいことだったらしい。初めて会ったときからあんなに嬉しそうな顔を浮かべてくれるほどには。
どれほどコーデリアと同一視されてきたのかは知らない。ルティアだって進んで話したい事柄でもないだろうから聞こうとも思わない。本人が話したいというのなら話は別だけれど。……コーデリアは周囲から好かれていたようだから、相手が覚えていない。思い出せてももらえないというのは苦しいことなのかもしれない。それでも本人にぶつけるのは筋違いだろうとも思う。
俺もコーデリアに対しては忘れられない思い出はある。直前まで命を懸けて戦っていた相手から告白され、命を結ぶ契約までした相手は早々忘れられるものじゃない。あんな行動をされたから俺の中から毒気が全部抜けてしまったのだから。
でも、ルティアはルティアで、コーデリアはコーデリアだろう。そんな……そこまで好きになってもらえるようなことは何もしていない。
それにルティアだって俺の前世の話を信じてくれたうえで好きだと言ってくれる姿が俺には眩しかったのだ。後生には割とマイルドに伝わっているが、俺は魔王と呼ばれるほど悪逆を尽くしてきている。前世の話をルティアにしたのは俺みたいな男と一緒にいてはダメだと思ったからだ。今世において罪は犯していないが、それでもである。
なのにルティアは最初から今世の俺だけを見て話をしてくれている。前世の存在も記憶の話も全て信じた上でなお、今の行いだけを見ているのだ。それはきっと俺以外にも同じスタンスなのかもしれないけれど、そうやって接してくれるルティアに心が少し軽くなったのを覚えている。
俺が過去に犯したことを忘れるつもりじゃなくとも、今の俺だけを見てくれる人がいたことに救われたのだ。
だから、ルティアが自分を見てくれて嬉しかったというのなら俺だって同じである。今の自分の行いだけで評価してくれて俺は嬉しかった。ルティアからの真っ直ぐな信頼が嬉しくて、くすぐったくて、こんな暗い裏路地でしか会っていないのに眩しくて目を細めそうになったのだ。
いや、布を被っていなければ目を細めていたに違いない。でも真っ直ぐに俺を見てくれているのに、いつまでも被っていたら失礼だと思って布は外した。少し早まったかと思わなくもなかったけれど。
そんなルティアに対して一人の人間として好意は抱いている。一緒にいると元気をもらえる気がして楽しい。だが、俺が抱いているこの好きが恋愛の好きとどう違うのか分からない。告白されたことはあっても、その告白をしてきた相手は好きの意味を教えてくれる間もなく会わなくなったのだから。
だからこそ俺はもっと知ってから答えを出したいと告げた。今の俺では告白を受け入れるにしても、断るにしてもルティアに対して不誠実だと思ったから。自分の気持ちさえちゃんと理解出来ていない俺が真剣な告白に応えるには、最初に自らの気持ちを理解しないといけないと思ったから。
ルティアが頷いてくれたのは嬉しい。でも、すぐに気を失ってしまったから本人が覚えているかどうかは怪しいところがある。まあもし忘れていたら同じことを伝えればいいだけだろう。
俺は気を失っているルティアを抱き上げると家まで送っていくことにした。仮にメーチェから頼まれていなくても、この状況のルティアを放っておくことは出来ない。家の場所は知らないが、メーチェの魔力残滓をたどっていけば着くだろう。
ルティアを起こしてしまわないように出来る限り気を遣いながら俺は裏路地から一旦出ることにした。
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