第33話・ジョンド様が好き

 ジョンド様に告白とかそういうことをするつもりはまだ微塵もなかったのに、勝手に気持ちを発表された私の身にもなってほしい。メーチェが暴走した原因に私がジョンド様のことを好きだと伝えたせいもあるけれど、それでも、それでもさあ~~~~~~~。

 頭を抱えてしゃがんで叫び出したい気持ちを必死に抑え込む。そんなことをしてしまえば今以上にジョンド様を困らせることが目に見えているからだ。ここが家だったりメーチェしかいない状況だったら間違いなく床の上でジタバタしていただろう。

 しかし、ここでずっと無言でいても何も変わらないのも事実である。メーチェの最後の言葉さえなければ「今日は大変でしたね。私疲れちゃったのでもう帰りますね」とか言って帰ることが出来たというのに。メーチェの言葉のせいで、ジョンド様に送ってもらいたいという気持ちが生まれてしまったせいで、家へと帰る一歩を踏み出せないでいた。

「…………その、ルティア」

「ひゃいっ!」

 突然声をかけられて噛んでしまった。とてつもなく恥ずかしい。顔だって赤くなっているかもしれない。明かりがあるとはいえ夜なのだからジョンド様からは分からないことを祈るしかない。

 とはいえ名前を呼ばれて相手の方を向かないというのも失礼なので、おそるおそるといった風に私はジョンド様に向き直った。

「な、何でしょう…?」

「嫌だったり答えたくなかったら正直に言ってほしいんだが、メーチェが言っていた、その、俺のことを好きだというのは本当なのか?」

 あまりにも直球すぎる!

 ジョンド様の直球すぎる問いに私は逃げ場が存在していないことを悟った。言葉の前半部分がジョンド様の気遣いであろうことは分かる。分かるのだが、ここで答えたくないだなんて言ってしまったらジョンド様に対して否定の意味で伝わる気がする。ジョンド様を好きなことは事実なのだから、そこは間違って伝わってほしくない。

 でも、ここで肯定の言葉を返すのって告白と同じじゃん! せめて少しくらいは心の準備をさせてほしかったよ!

 逃げ場がない状態にここまで追い込まれてしまったら私に残されているのはもう覚悟を決めることだけなのかもしれない。もうどうにでもなれという勢いで私はジョンド様に抱きつくと、その胸元に顔を埋めた。顔を見られながらだと上手く言えない気がした私の最後の抵抗である。

 私は静かに息を吸って吐くと、この言葉を告げる前の過去には戻れない覚悟を決めた。

「私は、ジョンド様のことが好きです」

 ジョンド様の体がピクリと動いたけれど、押し退けられなかったので良しとする。

「初めて会ったときに私のことをコーデリアと呼んだすぐ後に謝ってくれたのを覚えていますか。それからちゃんとルティアとして接してくれたのが私にとっては心が震えるほど嬉しかったんです」

 胸の中が一気に熱くなって、歓喜に体が震えるとはこういうことなのだと私は身を以て実感した。今でもあの瞬間を思い出すと嬉しさで胸がいっぱいになる。今の私の胸は色んな緊張とドキドキでいつ張り裂けてもおかしくない状況なのだけれど。

「過去の記憶を持っていて私をコーデリアだと呼ぶ人は他にも何人か会ったことがあるんです。ほぼ皆さん良い人ではありました」

 一瞬だけ頭を過ったディートをすぐに追い出す。この瞬間に思い出していい相手ではないから。

「でも会ってからしばらくの間は私の奥にコーデリアを見ているんです。自分に前世の記憶があるのだから私もいつかコーデリアの記憶を思い出すんじゃないかって。それ自体は悪いことじゃありませんし、私も自分の中で区切りをつけたから別にいいです」

 コーデリアに関する知識だけなら私はきっとこの世の誰よりも持っているだろう。でも、記憶は少しもなければ、思い出すような前兆もない。どれだけ魂やオーラがコーデリアと同じなのかは分からない。

「でも、私は、私の奥にいるらしいコーデリアを見る前にルティアを見てほしかった。叶えられない願いかもしれなくとも、コーデリアを知っていてなお、先にルティアを見てくれる人に会いたかった」

 今ではどうやらメーチェもそうだったらしいと知っている。ずっと一緒に過ごしてきたメーチェがそう思っていてくれたのは心の底から嬉しい。だけど、私の、私の心を最初に強く揺さぶってくれたのはジョンド様なのだ。ジョンド様と出会わなければメーチェだってきっと教えてはくれなかった。

 そこまで考えて改めて私はジョンド様に出会えて良かったと思う。

「ジョンド様は前世の記憶を持っていても私を最初からコーデリアとして扱わない方だから私の胸は高鳴ったのです。会えることが嬉しくて、お話出来ることが楽しくて、もっとずっと一緒にいたいと思ってしまったのです」

 私の心臓はもう早鐘みたいでうるさくて、ジョンド様に聞こえていないことを祈りたくなるほど大きく音を響かせていた。一緒に過ごして楽しい人は他にもいるけれど、こんなに顔に熱が集まって心臓がうるさくてどうにかなってしまいそうな人は他にいない。この気持ちが恋でないというのならば、私は一生恋を知らないまま死んでしまうのだと思う。

「メーチェが言っていた通り、私はジョンド様のことが好きです。愛しています! こんなに早く告げるつもりはありませんでしたが、本当に好きでたまらないのです!」

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