第29話・主人との再会
普段のメイドの格好から着替えて、かなりラフな格好でメーチェは裏路地に入っていく。昼間だから大丈夫だが、万が一魔物の残滓に遭遇してもメーチェの実力があればどうにでも出来る。ルティアに教えてもらった通りに角を曲がれば奥にボロボロの布を被って座っている一人の男性がいた。
まだ顔も見えていないその姿だけでメーチェは心臓が大きな音を立て始めるのが分かった。ここまでなる存在をメーチェは一人しか知らない。
一歩、二歩と夢ではなく現実なのかと確かめるようにメーチェは男性に近付いていく。そうして目の前まで来たところで震えながら声を発した。
「あ、あなたがジョンド様ですか?」
布を被っている人物はその言葉に反応するように首を上に動かす。布の隙間から見えた瞳と目が合った瞬間、メーチェは今相対しているのがジョンドであると認識し崩れ落ちるように地面に膝をついた。メイドという職業柄、清潔感には気をつけているメーチェが普段であれば絶対にやらない仕草である。
「……ジョンド様、お会いしたかったです」
「メーチェか。お前ともまた会えるなんてな」
「嬉しいお言葉です。あの、前世では最後まで共に戦うことが出来ず申し訳……」
「俺も結局負けたんだから気にしなくていい。そんなことより今はお前の主人というわけじゃないんだ。もう少し砕けた喋り方をしたらどうだ?」
これはメーチェが前世でジョンドから頻繁に言われていたことだ。メーチェにとってジョンドは主人なのだからと最後まで堅い話し方を崩すことはなかった。ただ、今のメーチェとジョンドには何の関係もない。従者という関係性がない以上、メーチェにこの頼みを断る術は思い付かなかった。
「分かりましたよ~。ジョンド様に素の喋り方するのって結構緊張するんですからね~」
「すまない。他の皆には普通に話しかけているのにメーチェは俺にだけ畏まっているのが気になっていたんだ」
それはあなたを好きだからだとメーチェは言葉にしなかった。ジョンドのことが好きだから特別扱いをしていると分かってほしくてわざとやっていたことである。でも結局、こうして転生して再び巡り会えたところでジョンドはこれっぽっちも気付いていなかった。
魔王様には言葉にしないと伝わらないとメーチェは仲間から散々言われていたのに。せめてこの方の夢を叶えるまで想いを伝えるのは止めておこうと思って、先に倒れてしまった。
そう。前世のメーチェがジョンドに従っていた理由は恋をしていたからだ。
転移魔法を使って生物と魔物を無理矢理合成させて遊んでいたメーチェをジョンドが見出したのが始まりで、自分の能力の使い方を矯正しようとしないジョンドをメーチェが好きになるのは自然な流れであったとも言える。
「それで? メーチェはなんでここに俺がいるって分かったんだ? 名前を呼んでたよな?」
「えっと~、それはですね~」
メーチェの頭にはルティアからの『好きになったりしないで』という言葉が頭をよぎっていた。でも、最初から好きになっていたのだからルティアとの約束を反故にしたことにはならないだろう。好きになってはいない。ずっと、五百年前からずっと好きだったのだから。
ルティア様、ごめんなさい。私はあなたのメイドになるずっと前から好きな方がいるんです。
メーチェはひっそりとルティアに謝った。
「ルティアって方、知ってますか~? あの聖女コーデリアの生まれ変わりなんですけど~」
「ああ、知っている。ここで数回だけ会ったからな。……まさか彼女が俺のことを?」
「そうなんです~。その、言いにくいのですが私の今の主がルティア様でして」
いかにも言いにくいですといった素振りを見せながらメーチェは言葉を続けた。
「ルティア様から裏路地に怪しいジョンドという人物がいると話を聞いたんです~。私は名前を聞いてすぐにジョンド様本人かもしれない!と思いまして、ルティア様がジョンド様に不安を覚えているようでしたから私が様子を見てきますといってここに来たんですよ~」
「ルティアが俺のことを怪しいと?」
「はい。裏路地に入ったことを後悔していたとも言っていましたね~」
「……その、メーチェはルティアに自分の前世のことを言っているのか?」
「いえ、言っていませんね~。ルティア様に聖女コーデリアの記憶はありませんし、私も誰に敗れたか知らなくて向こうも知らないでしょうから言う必要はないと思って~」
「………………そうか」
メーチェにはジョンドがどこか落ち込んでいるように見えた。
その理由がメーチェには分からない。だって今伝わっている物語によると聖女コーデリアに魔王が敗れたから今の王国があるのだ。もしジョンド様が勝っていれば魔物もいない穏やかな世になっているはずがない。だからジョンド様は聖女コーデリアを恨んでいると思っていたのに。聖女コーデリアの生まれ変わりであるルティアに一方的に好かれて内心は迷惑がっていると思っていたのに。
だからメーチェはジョンドからルティアを遠ざけて、ルティアには「騙されていますよ!」などと言うつもりだったのに。ジョンドの反応を見るとルティアへ恋愛かどうかはともかく好感は持っているように見えてしまう。
どうして?
メーチェは失恋したルティアに対して新しい恋を探す手助けはしようと思っていた。ジョンド様は渡したくないし、ジョンド様だって聖女コーデリアの生まれ変わりは嫌だろうと思ったから。二人の主人に嘘を吐くことになってもこれが最善だとメーチェはそう考えたから。
それなのにジョンドのこの反応は何だ。前世でメーチェがどれだけアピールしても何も気付かなかったのに、これではまるでルティアが押せばジョンドもルティアを好きになるかもしれないと思ってしまうじゃないか。
メーチェは目の前が真っ暗になりながらも最後の意地でジョンドに挨拶だけして裏路地から出ていった。
どうすれば、どうすれば現状を変えられるのかと考えながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます