第28話・過去の主人

 ここで現在の時間は少し遡る。


 メーチェがルティアからジョンドの名前を教えられてから向かった場所は裏路地の中でも比較的治安の良い場所であった。

 ルティアを含めた王国の人達は裏路地のことを何となくあんまり良くない場所という認識しかしていないが、危険な場所であることは事実なのだ。夜が更けてくると数百年前に滅んだはずの魔物の残滓が現れることがある。残滓だけでは人を襲うといったことは出来なくとも、魔力を持つものはその魔力が吸い取られる可能性があるのだ。

 しかし、そんな時間帯に裏路地に入ったり迷い込む人間は最初から魔力がなかったり後ろ暗いことがある者がほとんどだ。だからこの出来事は公にされていない。

 では何故メーチェがそれを知っているかというと五百年前に魔物を率いて戦う魔王の一味であったからだ。

 当時は転移魔法を得意としており、魔物を突然聖女達の目の前に発生させるなどをして攪乱をしていた。最終的には戦いの途中で命を落としたのだけれど、ほとんど顔も見せずに戦っていたため名前も顔も聖女達一行には知られていない。そうでなければルティアお付きのメイドの役職になんて就けるはずもないのだから。

 だがメーチェは別に復讐など考えていない。自分を殺した張本人と会ったら話は変わるかもしれないが、メーチェはその相手を知らない。何なら向こうだって誰を倒したのか認識もしていないだろう。だったら復讐するだけ無駄だ。何より今の主人であるルティアにコーデリアの記憶はない。仮に記憶があってメーチェと折り合いが悪ければ手が出ていた可能性はある。でも、そうはなっていない。メーチェにとってルティアに仕えて過ごすことは性に合っていて、自分の前世を伝えないままでそれなりに楽しくやっているのだから。

 そう、思っていた。ルティアから好きになった相手の名前が「ジョンド」だと、五百年前の主人の名前と同じだと聞くまでは。


 ジョンドという名前を聞いたとき、メーチェは自分が普段通りの表情を浮かべていられたか自信がなかった。

 ルティアの過去の婚約者を知っているからこそ思い人を見極めたいと思っていたのは本心だったのに、ジョンドの名前を聞いた瞬間にメーチェは自分の中の優先順位がひっくり返ったことを実感していた。

 名前が同じだけの別人ならまだいい。今の主人を預けるに足る存在かをしっかり見極めて、大丈夫そうならルルーラやヒユノーに口添えをする。多少の骨は折れそうだが、恋をしているルティアを近くで眺めているのは面白そうだから頑張ってもいい。別人ならメーチェは今までと同じ日々を続けていける。

 もし、もしも、別人なんかじゃなくてメーチェが最初に仕えていた主人だったとしたら。メーチェはルティアのことを好ましい主人だとは思っているが、ジョンドの方がずっと昔に忠誠を誓っているのだ。

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