第25話・ルティアの過去4

 私がそう考えた瞬間、不自然とも言えるほど唐突に私の足から急に力が抜けた。ディートに対する恐怖でずっと震えていたけれど、こんなすぐにカクンと崩れ落ちてしまうほど瀬戸際ではなかったはずなのに。

 私の足から力が抜けたことで床の上に尻餅をついて倒れてしまう。ディートもこれは予想出来ていなかったのであろう。肩を掴んでいたせいで私の上に覆い被さるかのように倒れて、それと同時に紅茶のカップなどが乗っていたテーブルも思いっきり倒れた。

 耳を塞いでしまいたくなるほど大きい音が響き渡る。おそらくカップの破片が散らばって、紅茶だってまだ残っていたはずだから盛大に床を汚していると思う。

「大丈夫ですか!?」

 扉を開けてメーチェが部屋の中に飛び込んでくる。珍しくノックがなかったのはさっきの大きな音を緊急事態だと捉えたからだろう。

 メーチェ、大変だろうな。私が床に散らばった破片達とメーチェを見上げながらそう考える。今の音とメーチェを見たことで緊張していた糸が切れてしまったのか、掃除の大変さに思いを馳せていた。自分の上にディートがいることも、現状の体勢が他人からだとどう見えるかも忘れて。

「は?」

 メーチェの口から私が聞いたこともないような声が出た。たまに主人である私を舐めているんじゃない?と思うことはあれど、基本的には優しくて従者としてのラインは越えないメーチェからは聞いたことない声色である。

 私は床の上に倒れているせいか逆光でメーチェの表情はよく分からない。ただ、メーチェは迷いのない足取りでこちらに歩いてくるとディートの襟首を思いっきり掴んで私から引き剥がした。そのまま力任せに床に放り投げるように転がした。

 ゴンとディートがどこかに何かをぶつけたみたいな音が聞こえた。メーチェは魔法を使って手元に持ってきたのかそれとも最初から持ち歩いていたのかは分からないが、取り出した布をディートの口に突っ込むところが見えた。そしてそのまま別の布でディートの手を後ろで縛ると静かに立ち上がる。

 この間、メーチェは一言も声を発していない。決して無口ではないメーチェがずっと黙っていることに私は何ともいえない不安を覚えた。ディートから感じた狂気も忘れて、

私はメーチェの動向を見守っていた。ディートがどうにか動こうとモゾモゾしていたり、くぐもった声を漏らしているところは完全に私の意識の外にあったのだ。

「メ、メーチェ?」

 メーチェは私のすぐそばにしゃがみ込むと何も言わずに私を起こして抱き締める。その手はどこか震えているような気がして私は静かにメーチェの背に手を回した。

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