第24話・ルティアの過去3
「キミにとっては初耳かもしれないけどね。キミはルティアなんて名前じゃない。思い出していないだけで聖女コーデリアの生まれ変わりなんだよ」
「ち、違う……」
「いいや、違わないよ。オレは昔からずっと、分かりやすく言うと前世かな? 前世からずっとコーデリアが好きだったんだ。当時のコーデリアは魔王を倒すために忙しくてオレとはあまり会話が出来なかったけど、彼女の活躍はずっと見ていた」
ディートの瞳に私は映っているようで映っていない。確実にこちらを見ているのに私を通して誰かを見ている。その誰かは考えるまでもなくコーデリアのことなのだろうけれど。
「……ただ、コーデリアの活躍を伝聞で知るだけじゃ耐えられなくて、もっと近くで見たくて、近付きすぎたときに魔王の一味に殺されちゃったのは今でも後悔してるよ。だからオレが知らないコーデリアを知りたくてどんな些細な文献も集めているんだ」
私を通してコーデリアを見られる経験は今までにもあった。でも、その中でもディートは私という存在を全く見ていない。ルティアという個人をこれっぽっちも尊重してくれていない。
初めて会ったばかりだからルティアを知らないとかそういう次元ではないのだ。今までに何回も数え切れないくらい会って、二人だけで話をしたこともたくさんあって、ディートにしか話していないことも、内緒話みたいにこそこそ話して笑い合ったこともあるのに。そりゃあ長いと言い切れるほどの時間を過ごしたわけじゃない。だけど少なくとも一緒に過ごした時間は短いものではなかった。
その日々をなかったことにする瞳でディートは私を見ている。ルティアという存在はコーデリアを覆っている表面上のものだと信じ込んでいる。コーデリアとしての記憶を思い出せば、ルティアを壊せばコーデリアが出てくると本気で信じている。
ああ、そうか。私が今のディートに感じている恐怖はそれだ。私を見ていない。私の存在を認めていない。私を壊してしまおうとしている。私が消されるかもしれないという恐怖だ。
「それでね、オレはそもそも婚約なんてしたくなかったんだ。コーデリア以外の人間に興味がなかったから。とはいえ家の体裁もあるから何回か会ったら遺恨を残さない程度に嫌われるつもりだった」
ディートはそこで言葉を区切ると息を吸い込んだ。まるで過去を思い出すように瞳を閉じて天井を仰ぐ。その間も私を捕まえている手の力が緩むことはない。むしろもっと強くなったような気さえした。
「そこでキミと出会った!」
「……ッ」
急に両手で私の手を思いっきり掴んで、顔を至近距離で覗き込まれて引きつった声が漏れた。瞬きをしたら睫毛が触れてしまいそうな距離。呼吸をしたら息がかかってしまいそうな距離。まだ顔同士がどこにも触れていないのが奇跡と言えるほどの距離。
そんな、誰にも許したことのない距離にディートはいた。逃げたいのに、逃がさないと掴んでいる手から伝わってくる力に上手く体が動かせない。ギリギリのところで立っているけれど、気を抜けば足から崩れ落ちてしまいそうでもあった。
「キミを一目見た瞬間にオレは分かったよ。キミがコーデリアの魂を宿した生まれ変わりの存在だって。オレは神なんて信じていなかったけど、あの瞬間だけは神に感謝してもいいと思ったね」
「わ、私はコーデリアじゃ……」
「うん、分かってるよ。まだ思い出せていないだけなんだよね」
今のディートに私がコーデリアであることを知っていると公言してはいけない。そう直感が告げたから震える声で否定しようとしても、ディートにもう聞く耳は存在していないらしい。
「オレが誰よりもコーデリアを大切に思っていたから神が会わせてくれたんだよ。何がなんでもこの機会を逃しちゃダメだとキミに嫌われない立ち回りをして、両親に婚約をとても前向きに考えていると伝えて喜ばれたのも懐かしいね」
現実は私の前世がコーデリアと知っている人にはもうディートと出会う前から会っている。ああ、でも、もし私が何も知らなかったらディートの言っていることを妄言だと決めつけて、その頬にビンタに一つでも出来ていたのだろうか。
私の前世がコーデリアなのは知識としてもう信じてしまっているから。ディートはコーデリアが本当に好きでその影を私に見ているから。全てが真実な上でディートが行動していると分かるから恐怖が私の体を支配しているのだ。
「……うーん、ただ、オレと会っているとキミがコーデリアだったことを思い出してくれると思っていたんだけど、まだその前兆が何もないんだよね。婚約者としての立場さえキープしておけば時間はたくさんあるんだからゆっくりでもいいと思ってたけど」
ディートが何か憎いものを思い出すかのように歯ぎしりしながら顔を少しだけ離してくれた。瞳もまるで誰かを睨んでいるようだ。
「コーデリアのことを知らないと言った人間に会ってしまったのが許せなくてね!」
「いたっ……」
つい声が出てしまうほどディートの手に力が込められたが、彼がそれに気付く様子はない。
「コーデリアのことを知らないなんてそんなの有り得ないだろう!? 全ての人間が最初に教わるべきはコーデリアのことで、そのためには周囲の人間が最初に教えないといけないというのに!」
どんどん声に熱量が込められていく。視線だけで人を気絶させることが出来そうなそれに私の体は勝手に震えていた。発言の対象は私じゃないはずなのに、その対象者の末路がとても恐ろしいことになっている気がして体が震える。
「そこでオレは気付いたんだ。コーデリアがいつか記憶を取り戻してくれるまで気長に待っていようと思ったけど、それじゃ遅いってことに」
ディートが再び私の方を向いて笑う。今のディートはずっと遠くを見て私を見ていなくて、私が好きになったディートは最初からどこにもいなかったことを嫌でも実感した。
「コーデリアが記憶を取り戻してくれれば今の民達もコーデリアの素晴らしさを再認識してくれる! そう、そうなんだ。オレしか当時のコーデリアを知らないから。皆がコーデリアと会うことが出来ればコーデリアを知らない人間はいなくなるはずなんだ!」
ディートが私の手を掴んでいた手をパッと離すと、私に逃げる隙を与える前に今度は両肩をガッシリと掴んできた。指の先が肩に食い込んで骨ごと握られている気がして、痛い。
「だから、ねぇ、コーデリア。オレに免じて早く記憶を取り戻しておくれよ。ルティアなんて知らない女の殻を壊してさぁ。ねぇ、コーデリア!!!」
「いたっ、いたい。いたいよぉ……」
あまりの必死な叫びと肩に食い込む指の強さに自然と涙がにじむ。
ディートはずっと私の肩を揺さぶってきていて、私の、ルティアの声なんて聞いてくれない。この人はコーデリアが好きなだけで、ルティアのことは最初からどうでも良かったんだ。私と一緒に過ごしていてもルティアを好きになってくれるどころか、ずっとコーデリアに会えるのを待っていただけだったのか。
……なんで、なんでこうなるんだろう。
私は特別悪いことはしていないのに。そりゃあ息苦しくてたまにメーチェの手を借りて家から飛び出すことはあるけれど、ちゃんと夜までには家に帰っている。勉強をサボって遊んじゃうことだってあるけれど、ここまでされるほど悪くはないはずだ。
私は望んでコーデリアの生まれ変わりになったわけじゃないのに。コーデリアのことは話に聞くだけしか知らないのに。
コーデリアは国を救った偉い聖女様なのだろう。彼女がいなければ今の王国の平和はなかったと言ってもいい。それほどまでにすごい人で、だからこそ死語五百年経った今でも英雄として語り継がれている。とてもすごい人。誰もが尊敬するすごい人。
……王国を救ってしまえるくらいすごい人なら私のことも救ってよ。私は信じているだけで実感はないけど、あなたの生まれ変わった先が私なんでしょ。だったら私のことぐらい助けてよ。どうにかしてよ。
今からでもいいからコーデリアとしての記憶を取り戻してほしい。そうすればディートはきっと満足する。この状況さえどうにか出来れば婚約を解消してもらうことだって出来るはずだ。
コーデリア、お願いだから。これ以上私にあなたを嫌いにさせないで。
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