第21話・私を知ってた?
「だが、この件はどういうことだ。お前の今の主人はルティアのはずなのに、その主人を貶めるような嘘を吐いただけじゃなく毒で攻撃までしようとしたのか」
「ぅぁっ」
口から勝手に音が出た。言葉ではなく音が出たのだ。隣に立っているジョンド様の圧によって。
ジョンド様は出会った時からずっと私に優しかった。コーデリアと呼んでしまったことをすぐに謝ってルティアとして接してくれた。人の心の中なんてものは分からないからジョンド様が本当にルティアとして扱ってくれていたかは分からない。でも、私はそう感じることが出来た。そう感じさせてくれるほどジョンド様は優しいお方だった。
正直、魔王と聞いても私の中で実感なんてものはなかったのである。ジョンド様が嘘や冗談を言っているとは思わなくても、物語を聞いているときみたいに実感は生まれていなかった。
それが今、隣から感じる押し潰されそうな圧で実感した。
怒りと同時に全てを正直に吐くまで許さないというプレッシャーがある。このプレッシャーが物理として存在していたのなら私は確実に潰れて跡形もなくなっていると思う。それでもギリギリのところで立っていられるのは矛先が私じゃないからだ。私に向いていない、隣に立っているだけでこれなのに、どうして正面から受けているメーチェは普通に立っていられるの?
メーチェはいつもと変わらず微笑んでいる。そこに再び寂しそうな感情が見えたのは私の勘違いなのだろうか。メーチェは一瞬だけ私を見るとすぐに視線の先をジョンド様に戻した。
「確かにルティア様は私のご主人様ですよ~。ちゃあんと忠誠心だってあります。そうじゃないとルティア様に従うのは大変ですからね~」
ちょっと。その言い方はどうかと思う。
メーチェに抗議したかったのに、口を開いても出るのは言葉にならない小さな音ばかり。これではただ開閉しているだけだ。
「でも、私が最初に付き従うと決めたのはジョンド様なんです~。誰に何を言われても私の中の一番はジョンド様。こればっかりは私に前世の記憶が存在する限り揺るぎません~」
言いたいことがある。メーチェに聞きたいことがある。
その気持ちを込めて重力に逆らうように腕を動かしてジョンド様の腰の辺りにある布を掴んだ。今の私では声を発することが出来ないから、行動で示すしかない。それだけで察してくれたジョンド様は小さく「すまない」と言うと発していたプレッシャーを弱めてくれた。
いや、もしかしたらメーチェにだけ集中させたのかもしれないけれど、私にそこまで判別する方法はない。
でも呼吸がしやすくなった。自分の口から出るのが音だけじゃなくなった。これならメーチェに言いたいことを伝えられる。
「メ、メーチェはコーデリアのことは知ってたの?」
それが知りたい。今メーチェは私に対して忠誠心があると言っていた。前世でジョンド様に仕えていたといっても、私と過ごした日々の全てが嘘だとは思いたくない。コーデリアのことを知らなかったのならば、その可能性だってある。知らないというよりは、直接会ったことがないという言い方の方が近いかもしれないけれど。
でも、まさにさっき私を狙っていたのも事実だからメーチェの口からちゃんと真実を知りたい。
「知ってましたよ~。私がルティア様と出会ったのは本当に偶然でしたけど、コーデリアの生まれ変わりってことはすぐに気付きました~」
「じゃ、じゃあ……」
コーデリアの生まれ変わりである私のことをどう思ったの?
それを聞きたくて、でも否定されるような言葉を言われるかもしれないと思ったら怖くて、もうジョンド様のプレッシャーもないのに言葉を発することができない。
今の状況を仕組んだのがメーチェかもしれないと察したときに受けていたのはショックだけだったのに、いざ目の前にすると聞くのが怖い。私の前世を知らずにずっと一緒にいてくれた相手が実はコーデリアとして私を見ていた。それを確定させるかもしれないのがひどくこわい。
最初からコーデリアとして私を見ていることが分かっているのはいい。そっちはもうだいぶ前に自分の中で区切りを付けた。何回か話せば向こうだって記憶がないし別人だと割り切ってくれるから。
でも、でも!
後から知るのは、ルティアじゃなくコーデリアとしてだけ見ていたことを後から知るのは怖くてたまらないのだ。思い出したくもない過去を思い出してしまうから。
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