第20話・主人と従者

「メーチェ、いるんでしょ」

 万年筆から感じた魔力の暖かさは間違いなくメーチェのものだ。私は誰よりもメーチェに魔法を使ってもらっているから分かる。私が服装を変えてもらうときに感じる温もりと全く同じだったのだ。

 何よりメーチェが得意なのは移動魔法だ。それを使えばジョンド様の手の中にある万年筆を一本だけキャップを外して私の上に移動させることも可能だろう。ヒユノーが助けてくれなかったら先端が私のどこかに掠っていたに違いない。

「あ~バレちゃいました~? ルティア様なら騙し通せると思ったんですけどね~」

 私がやって来た方の角からメーチェが現れる。そのままこちらへと歩いてくる足取りに迷いのようなものは感じられなかった。このタイミングで登場したこと、言葉の中に何も否定は弁解をしようとしていないこと。悲しいが、私の考えが的中していたことを示している。

「ずっと一緒に過ごしてきたあなたの魔力を今更間違えないよ」

「……メーチェ、君がやったのか?」

 私の隣でジョンド様が息を飲んだのが分かった。メーチェがジョンド様がどんな人か見てくると言ったのだから彼女の名前を知っていることは別におかしくない。でも、今の言い方はメーチェのことをもっと知っていたような…?

「……ルティア様は気付いてくれても、ジョンド様は気付いてくれなかったのですね。ああ、いえ、私達はそこまで一緒に過ごしていませんし、前もあまり長い時間を過ごしたわけじゃありませんから」

 どこか寂しそうにメーチェは言う。幼い頃からずっと過ごしてきたけど、メーチェのここまで寂しそうな声は初めて聞いた。いや、違う。メーチェが寂しいといった感情を出しているところを見たことすらなかったのだ。

「ルティア、少し聞いてもいいだろうか」

「何でしょう」

 視線はメーチェに固定したままジョンド様の問いに返事をする。この場で関係ない話をするとは思えないから今必要な話なのだろう。メーチェは普段通りの笑顔を浮かべたままこちらを見ているだけだ。ただ、その笑顔はどこか貼り付けた薄ら寒いものに思えたけれど。

「今日、俺の元にメーチェが来たんだが、それはルティアの指示か?」

「……指示とまでは言いませんが、裏路地のことを話したらその人に会ってみたいと言うので許可は出しました」

「うふふ~」

 私達の話を聞いて遮ることもせずにメーチェは笑っている。いつも聞いている笑い声で背筋が寒くなったのは初めてのことだった。

「じゃあルティアは俺のことを怪しいヤツだと紹介したのか?」

「そんなことしませんよ!?」

 確かにジョンド様の姿は何も知らない人から見たら怪しいということは否定出来ない。それでも私が好きな人をそんな紹介するわけがないのだ。

「大丈夫。あちらの彼女を止めてくれた時点で俺は君を疑うことは止めている。というか一瞬でも疑っていた自分を恥じた」

 チラとヒユノーの様子を確認すると苦しんでいて動くのは厳しそうではあるが、ちゃんと呼吸はしておりメーチェの方を睨んでいる。元気であれば怒っていたのだろうということは想像に難くない。

「私からも一つ質問いいですか」

「ああ」

「メーチェはジョンド様と何か前世で関係があったりしたのですか」

 そうでなければ一日でこんなに状況が変わるなんて思えない。メーチェに前世の話は私を含めヒユノーもしたことないし、メーチェから話を聞いたこともない。ただ、コーデリアを知っている人間は私を一目見ていつも名前を呼ぶからメーチェに記憶はないと判断しただけだ。

 でも、コーデリアを知らないか見たことなくてもジョンド様を知っていることなら充分に有り得るのだ。私がそこまで考えが至らなかっただけで。

「前世、俺が魔王だった時に部下だった。俺がコーデリアに負けてからは会っていないから当時は失望してどこかに消えたか死んだと思っていた」

「私はジョンド様に忠誠を誓っていたのですから失望なんてするわけないじゃないですか~。ちょっとしくじって負けて死んじゃっただけです~」

「そうか。最後まで忠誠を尽くしてくれたこと、感謝する」

「えへへ~」

 ジョンド様に褒められてメーチェが嬉しそうに笑う。私が褒めたりお礼を言ったりすると軽く「ありがとうございます~」と言うだけのメーチェが体を揺らして恥ずかしそうに照れている。その姿に私は理屈でも言葉でもなく本能でメーチェがジョンド様に仕えていることを理解した。

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