第19話・不意打ち

「ヒユノーが慕っていたコーデリアって証拠がないのに攻撃しちゃうような人だったんだ?」

 ヒユノーが体から力を抜いたのが分かった。ぶらんと下に下ろした手からは万年筆が滑り落ちる。まさかこれで攻撃していたのだろうか。

 私がそんなことを考えていると暗闇の奥で何か光が灯ったのが見えた。そこに目をこらしていると辺りを照らしつつ何かを拾いながらジョンド様がこちらに向かってくるのが分かった。……何か魔力を使って明かりを灯しているのだろうか。

 私はもしもの時にヒユノーを止められるように気を付けながら体を離すと一歩だけジョンド様に近付いた。

「その、ジョンド様、お怪我はありませんか……?」

「ああ。避けることに専念してたからね。でも、もし掠ってたら危なかったかな。そこの彼女、多分万年筆の中のインク辺りに自分の魔力に反応する毒とか仕込んでたみたいだから」

「えっ!?」

 私が驚いてヒユノーを見ると悔しそうに歯を噛み締めているのが分かった。この反応からしてジョンド様が言ったことは事実なのだろう。確かにヒユノーは日頃からやけに多くの万年筆を持ち歩いていると思っていたが、まさか攻撃に使うために毒を仕込んでいたとは思わなかった。

「とりあえずこの万年筆達はルティアに返しておくよ。ちゃんとキャップはしておいたけど、危ないから先端に触ってはいけないよ」

「はい! あの、本当に……」

 その後に謝罪を続けて言おうと思ったタイミングでジョンド様が持っている万年筆の中から一本が姿を消した。私が驚いてジョンド様の顔を見上げるとどうやらジョンド様にも想定外の事態らしい。布の下でジョンド様が少しだけ目を丸くしたのが見えたから。

 複数本を持っているのに一本だけ落とすとは考えにくい。けれど、可能性がないとは言えない。私が暗い中で地面にしゃがもうと思ったその時だった。

「ルティア様!」

 ヒユノーに名前を呼ばれたかと思えば私の体を押しのけるみたいに左側に思いっきり押した。突然のことに私は反応出来なくて、抵抗することなく地面の上に転ぶ。石が地面と擦れたときに手を切った感覚があって痛い。多分血が出ているような気はする。

 私が何をするんだとヒユノーに言うために顔を上げると左腕を押さえて苦しそうに汗を浮かべている姿がジョンド様の持っている明かり越しに見えた。

「ヒ、ヒユノー?」

「……少し失礼する」

「っ、ぁ……ぐぅっ…………」

 ジョンド様がヒユノーの左腕に触れる。その腕は服が切れていて肌にうっすらと線のような傷が見える。傷は深くなさそうだけれど、ヒユノーが急に具合が悪くなったのはこれが原因なのだろうか。私が立ち上がるために一旦視線を下に動かして地面に落ちているキャップが外れた万年筆を発見したのと、ジョンド様が言葉を発したのは同じタイミングだった。

「これはお前が使っている毒の症状で間違いないのか?」

 ヒユノーは首を縦に振る。

「解毒薬は?」

「い、ま、魔法で……中和してる」

 ヒユノーが言葉を途切れ途切れにさせながらも答える。よく見るとヒユノーの右手はずっと自分の体に触れていた。前にヒユノーが相手に使う魔法というのは直接触れている方が効果が高いと言っていたことを思い出した。きっと今もそういうことなのだろう。

「俺が手伝わなくても間に合うか?」

 再びヒユノーが首を縦に振った。

「分かった」

 ジョンド様がヒユノーを壁際に座らせてくれているのを視界に収めながら私の目は地面に落ちている万年筆から目を離せなかった。

 ジョンド様が拾った万年筆は全てにキャップがされていた。何よりジョンド様本人が私に万年筆を渡そうとする時に危ないと言ってくれたのだ。魔力を使えばその中の一本でヒユノーに傷をつけることも出来そうだけれど、ジョンド様がやるならもっと良い方法があるはずだ。

 私がここに駆けつけるまでにヒユノーが無傷だったことがその答えとも言える。多分、ジョンド様は手加減してくれていただけで本気になればヒユノーは無傷じゃいられない。ヒユノー自身もそれを理解出来ていたからこそ、私が言ったときに渋々ではあったけど引き下がってくれたのだろうから。

 私は震えそうになる手を伸ばして先端が出たままの万年筆を手に取る。ほんのりと暖かさがあった。そして私はその暖かさに誰よりも覚えがある。今まで何回と、それはもう数え切れないくらい世話になってきた暖かさだ。

「ルティア、それは危ないから俺に渡してほしい。さっきのうちに咄嗟の対応ではあるが拾った万年筆に入っている毒は出来る限り弱めておいたから念のためにそれも……」

 私に対してジョンド様が手を差し出しながら声をかけてくれる。その声はどこか優しくて私は万年筆を差し出すと同時にジョンド様の手を握った。

「ジョンド様」

「ん?」

 ジョンド様が私を引っ張って起こしてくれながら首を傾げた。ずっと冷静で私のことをちゃんとルティアとして扱ってくれる優しい人。自分に襲ってきたヒユノーに対しても丁寧に接してくれた大好きな人。そんな人を巻き込んでしまって私は申し訳なく思う。

「私の家の問題に巻き込んでしまって申し訳ありません」

「……ルティアの家?」

「はい」

「何があったかは知らないけど、俺の前世が魔王じゃなかったら今回みたいなことは起きなかったと思うんだ。だから悪いのは……」

「いえ、前世と今は繋がっていても功績や罪まで同じだと考えるのは違うと思うんです」

 功績も罪もその人を形作る大きなものであることには違いない。記憶がある者同士なら過去の功績の話をしたっていいだろう。でもさすがに前世の罪で今を責めるのは違う。前世が存在していたって誰もが前と同じ性格になるわけじゃないし、記憶があるからといって同じ過ちを繰り返すとは決まっていないのだから。

「何より今回は明確に扇動した人がいます」

 私はそこで一旦言葉を区切ると、ジョンド様と繋いでいた手を離した。くるりと後ろを振り向く。

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