第18話・ルティアは止めたい

 私は裏路地へと向かう道を必死で走っていた。あまりの必死な姿にすれ違った人から不審そうな目で見られたが、そんなことを気にしている隙はない。

 ジョンド様が負けるとは思っていないし、ヒユノーを殺してしまうようなことをするとも思っていない。でも、ヒユノーが向かってきたらジョンド様だって自分の身を守るために応戦するだろう。その結果がどうなってしまうのかが私には分からないのだ。

 ヒユノーが魔法を使っているところは、私が転んだときに怪我を治してもらった時くらいしか見たことがない。そんなヒユノーがジョンド様に挑んでどうなるか私では想像が出来ない。ただ、例え頭に血が上っていたとしてもヒユノーが何の策も無しに向かうとは考えにくかった。

 ああ、ダメだ。走っている状態では上手く考えられない。でも、それでも、ここで足を止めた方が最悪なことが起こる。私の直感がそう告げていたから必死で走って走って裏路地に入ると角を曲がった。

 そこで私が見たのは息を切らして肩を上下させながら暗闇を見据えているヒユノーの姿だった。ヒユノーの視線の先はあまりに暗すぎて何がいるのか私の目では見えない。見えなくとも、ジョンド様がいるであろうことは察せられた。

「ヒユノー!!!」

 だから私はとにかく名前を呼んでヒユノーに後ろから止めるように抱きついた。ここですぐに振り払ってこないところに、ヒユノーの意識が前方に集中していることが分かった。

「ルティア様!?」

「ジョンド様は悪い人じゃないの! だから止まって!!!」

「ダメです! あの男は、あの男だけは許せないんです!」

「今のジョンド様は何も悪いことはしてません!!!」

 その言葉に私をどうにか振り払おうとしていたヒユノーの動きが止まる。

 そう。そうなのだ。確かにジョンド様は前世でたくさん悪いことをしたのだろうと思う。でも今のジョンド様はきっと何もしていない。死んで生まれ変わったのに前世とずっと結びつけられるのはつらいだろう。

 私は、別にいい。聖女コーデリアという人物は国中の人から感謝されるようなことを成し遂げたのだから。私は何も成していないが、一方的に前世を知られているだけだとしても、人から好意を向けられることは嬉しい。そりゃ嫌われるよりは好かれる方が良いに決まっている。

 だからジョンド様も今の行いで判断してほしいのだ。

「……その口振り、ルティア様はあの男の過去を知っているのですか」

「う、うん。ジョンド様から魔王だって聞いた」

「私はあの男を、魔王を許せません。あの男がいなければコーデリア様だってもっと自由に生きられたはずなんです」

 なんとなくそれは違うと思った。私はコーデリアのことは全て伝聞と残された物語でしか知らない。私の前世だと何回言われても話を聞いても実感なんてものが生まれたことはなかった。

 それでもコーデリアはジョンド様と出会っても出会わなくても自由に生きていたと思うのだ。きっとジョンド様がいなくて国を侵攻してくる存在がいなければ平和な世界でなんだかんだ楽しく過ごしていただろう。でもジョンド様と出会って一目惚れをしてしまった。彼がしたことは許せないし本気で止めようとしていたはずだ。ただ、それと同時に自分の恋心を捨てずに生きていく道を探すことも諦めなかっただけだ。

 とはいえ、これは私が勝手にそう感じているだけにすぎない。これをヒユノーに伝えたところで受け入れてくれるとは限らない。私がコーデリアの記憶を取り戻せば話は変わるのだろうけど、そんな兆候は微塵もないのだから。

 じゃあ私は私のやり方でヒユノーを止めるしかない。

「……別にジョンド様を許す必要はないと思う。私はジョンド様が好きだけど、ヒユノーに許せとは言えないし、そこを決められるのはヒユノーだけだよ」

「それなら離れてください。抱きつかれているとルティア様も傷つけてしまいます」

「もう一度言うけど今のジョンド様は何も悪いことはしてないよ。なのに攻撃するのはヒユノーが悪いし捕まっちゃうよ。それは私が嫌だ」

「あ、あの男が悪事をしていないという証拠はあるのですか」

「ないよ。でもヒユノーも悪いことをしている瞬間を見たり聞いたりしたわけじゃないんでしょ。じゃあやっぱりダメだよ」

 ここで一旦区切ると私は少しだけ言葉を考えた。ヒユノーが今でも一番好きなのはコーデリアであることは間違いないはずだ。そしてそのコーデリアは世話がかかるところがありつつも善人ではあったのだろう。

 私は心の中でだけでコーデリアに名前を借りることを謝った。

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