第17話・恨んでいる人
ヒユノーが裏路地にたどり着いたとき、もう陽はほとんど落ちかけていた。
そのせいで昼間でも暗い裏路地はほぼ真っ暗と言ってもよく、明かりがないと数歩先も見えなかった。だからヒユノーは魔力を手の平に集めて簡易的なランプ代わりにする。そうして照らされた裏路地で慎重に歩を進めていく。何者の気配も見逃さないよう、慎重に。
気を張りながら角を曲がると一人の人間が歩いている姿が見えた。布を被っていて見るからに怪しく、ヒユノーは覚悟を決めて声をかける。
「そこの方、すみません」
「……何か?」
「実は私、人捜しをしていまして……良ければ顔を見せていただけませんか?」
「………………」
悩んでいる気配がヒユノーに伝わった。こんな夜に裏路地にいる時点でお互いに怪しい存在であることは間違いない。普通の、善良な国民であれば裏路地に入るなんてことはまずやらないのだから。……たまに好奇心旺盛な子供が入ったという話を聞く程度だ。
無理矢理布を剥ぎ取ってもいいけれど、ジョンドと無関係の人物だった場合が申し訳ない。それくらいの理性はまだヒユノーにも残っていた。布を被っている姿が、よくフードを被っていたコーデリアを彷彿とさせて今すぐにでも剥ぎ取りたい気持ちには襲われていたが。
「……その探している人物の名前を教えてほしい」
「何故ですか」
「実はあまり顔は見せたくなくてな。名前を教えてくれて違えばここで別れられるだろう」
布を被っている男の言っていることはそれなりに筋が通っていてヒユノーは考えてしまう。もし魔王ジョンドが生まれ変わった存在であれば、素直に「ジョンド」と答えたら逃げられるだろう。それは避けたい。
しかし、ジョンドと全く関係のない人で、顔を見せたくないのも本人なりの理由があったらヒユノーに無理強いする権利はないのだ。別に魔王本人であってもヒユノーにそのような権利はないのだけれど、そんな考えはヒユノーの頭から抜け落ちている。目の前の人物が魔王ジョンドであれば倒して、そうでなければ捜索を再開する。それだけだった。
だからヒユノーはこの問いに対して。
「私が探しているのは魔王ジョンドです」
偽りを述べずに真実を告げた。
その名前を聞くと布を被っていた人物が静かに布を外した。
「どうやら今日は来客が多い日らしい」
ヒユノーが持っているランプで照らされたその顔も瞳も忘れることは出来ない。五百年前よりも髪は長くなったようだが、そんなことはどうでもよかった。魔王という言葉に反応も否定もしなかった時点で、ただひたすらにヒユノーが出会った人物は魔王ジョンドその人であると告げていたのだから。
ヒユノーは持っていたランプを消すと同時に自分の瞳に対して暗闇でも見える効果を付与した。
ヒユノーはコーデリアと共に魔王を倒すまでは回復魔法しか使えなかった。自分も戦えるようになるスキルツリーを伸ばすよりは、仲間が傷付いたとき瞬時に治せる方が良いと考えたからである。結果として王国を護れたのだからそこは間違っていなかったと今でも思っている。
でも、回復魔法が得意だからといっても限度はある。例えば自分が大怪我をしたときはもうどうしようもない。ヒユノーは自らの前世で一番後悔した瞬間を思い出す度に悔しさでどうにかなりそうになるのだ。
だからヒユノーは生まれ変わってから必死で強化魔法を身につけた。そうすれば大切な人も自分も護れるようになると信じて。
「コーデリア様を見習って一度だけ名乗ります」
暗闇の中にいるジョンドを真っ直ぐに見据えてヒユノーは短く息を吐いた。コーデリアはいつだって自分の名前を名乗ってから戦っていたのだから。
「私の名前はヒユノー。前世では聖女コーデリア様の親友にして回復術士をしておりました。今世でこそは、あの方と関係を持ってしまう前にあなたを殺します」
「悪いけど、俺は殺されるわけにはいかな……おっと」
何か殺意が飛んでくるのを感じてジョンドが体を左に避けると顔のすぐ横を細い物がすごい速度で通り過ぎていった。ギリギリで目に捉えることが出来る速度といったところだろうか。殺意を感じていなかったら少し危なかったかもしれないとジョンドは静かに気を引き締め直した。
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