第15話・ルティアの想定外

 今日の私は家を飛び出すこともなく、真面目に過ごしていた。

 何よりメーチェが家にいない時点で飛び出すことなんて出来る訳もない。私が普通に街を歩けていたのはメーチェが魔法を使って服装を変えてくれていたからだ。そのメーチェがいない以上私に出来ることは今後のためにヒユノーを出来るだけ怒らせないことである。

 そのヒユノーも私がちゃんと家にいると機嫌が良いことが多い。目の届く範囲に私がいると安心出来るのだろう。どうしてそこまで私を気にかけるのか一度だけ聞いたことはあるが答えてくれなかった。多分コーデリア関係だとは思っているけれど。

 とはいえ今の私が一番気にすることはメーチェがジョンド様とどんな話をしているかだった。

 ジョンド様なら大丈夫だとは思うけれど、メーチェがどんな判断をするのか私には分からない。普通に裏路地から出られない時点でアウトになる可能性だってある。だってメーチェは前世というものを知らないからジョンド様も上手く説明出来ないだろう。

 そしてメーチェがジョンド様を好きにならないかも私には心配なことだ。メーチェとは長い時間一緒に過ごしているけど、今の今まで恋をしたなどの話は聞いたことがない。私と同じで恋愛に興味がないのだと思っている。思っているからこそ、私と同じようにジョンド様を好きになる可能性は消せないのだ。

 ……でも、こればかりは帰ってきたメーチェに話を聞かないと何も言えない。

 私はせっかくの読書にも集中できずベッドに倒れ込んだ。少しでもジョンド様のことを知りたいと思って家にあった聖女コーデリアに関する本を片っ端から読んでいるのだ。まあ、王国を救った人だから当然といえばそうなんだけど、全部聖女コーデリアを持ち上げる内容ばかりで魔王に関しては悪という描写しかない本も多い。

 さっきまで読んでいた本も魔王は悪というだけで何をやったかの描写はない。過去のジョンド様は実は善人だったとは思っていないが、どれだけのことをした上で今はちゃんと生きているのか知りたかっただけなのに。

 その辺はヒユノーに聞くのも一つの手だとは思う。でも、まあ、ヒユノーのことだから過去を思い出してキレながら話すんだろうな。どうして急に魔王に興味を持ったか聞いてくるかもしれないから最終手段だな。少なくとも今の段階で聞けることじゃない。

 ベッドの上でゴロゴロと転がりながら考えていると部屋の外をバタバタと誰かが走ってくる音が聞こえた。

 この家の中で走る人物なんて、家から飛び出そうとしている時の私か、その私を追いかけるヒユノーしかいないはずなのに一体誰だろうか。私がそう思っていると足音は私の部屋の前で止まってノックも無しに開けられた。

 驚いた扉の方を見ればいつものメイド服ではないメーチェが息を切らして立っていた。服も多少汚れている気がする。その見たことない姿に私は咎めることも忘れてメーチェに駆け寄っていく。

「メーチェどうしたの!?」

「ル、ルティア様大変なんです~」

 慌てていて何から言えばいいかも分からなくなっているメーチェをとにかく落ち着かせないといけないと思って私は抱き締めた。

「メーチェ、大丈夫。大丈夫だから何があったか教えて?」

 メーチェの焦っていた呼吸が少しずつ整っていくのが耳元で分かる。

「あ、えっと、その、ヒユノーさんにバレちゃって、そうしたら急に飛び出して行って……」

「バレた?」

「今日の私がどこに行ったか聞かれて、裏路地に行ったことは隠さなきゃって思って、でも嘘は言えないからジョンドさんって人に会ってましたって答えたら~」

「な、名前を言っちゃったの!?」

「す、すみません~! そこは言っても大丈夫かと思ってたら怖い顔したヒユノーさんに問い詰められて場所も話しちゃいました~」

 確かに私はメーチェにジョンド様の名前は口止めしていない。裏路地という場所は問い詰められない限りは言わなかったと思うけど、名前はそうじゃない。ヒユノーに聞かれたらそこは大丈夫だと考えて言ってもおかしくない!

 そしてヒユノーは間違いなくジョンド様の名前が五百年前の魔王を指していることに気付く。聖女コーデリア一行の一員で最後まで一緒に戦っていたと言ったヒユノーが知らないなんて、そんな夢を見れるわけがない。だってそうじゃなかったら名前を聞いて場所を聞いて飛び出して行く理由がない。

 私が家にいて、今日は特に急ぎの用事もないと言っていたヒユノーが飛び出していく理由なんて魔王であったジョンド様を倒すそれ以外にないだろう。

 私は名前も口止めしなかった自分の詰めの甘さに悔しい思いをしながらも、そんなことを考えている暇はないとメーチェの瞳を見た。

「ヒユノーを追うから今すぐ私の服装を変えて!」

「え、え?」

「お願い! 一刻を争うの!」

「わ、分かりました~!」

 私の真剣さが伝わったのかメーチェは魔法を発動させると私の服をいつも街に行っているときのものに変えてくれた。よし、動きやすい。暖かさのおかげで少しだけ落ち着けたような気もする。

「じゃあ私はヒユノーを追うから!」

「え、えぇ、ルティア様~?」

 戸惑った声を出しているメーチェの隣をすり抜けて部屋を出て走る。早くヒユノーを止めないと。私のせいでジョンド様が傷付くなんて、そんなことあっていいわけがないのだ。

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