第10話・正体は魔王
「それで俺はコーデリアと契約を締結して、その後は王国に侵攻をすることもなく山の奥でゆっくりと余生を過ごしたかな」
ジョンド様が前世における聖女コーデリアとの思い出を話し終える。それを聞いていた私としては開いた口が塞がらない。色々と言いたいことはいっぱいある。コーデリアはどうしてそんな契約内容にしたのかとか、聖女も一目惚れするんだとか、一度で処理するには膨大な情報量の思い出話であった。
しかし私が一番驚いたのはそこではない。
「ジョンド様って魔王だったんですか!?」
「うん、そう。知らなかった?」
「知らないですよ! だって一言もそんなこと言わなかったじゃないですか!」
「あれ、物語とかで俺の名前伝わってないんだ?」
「しっ…………知らないです! 聖女コーデリア以外の人物は全員立場とかポジションで呼ばれていて名前はジョンド様を含めて誰も残されていません!」
物語の内容を思い出すのに一瞬戸惑ったが、誰の名前も残されていなかったことは事実のはずだ。聖女コーデリアに関する物語を読むのはどうにも気恥ずかしいというか、据わりが悪くてヒユノー達から聞かされる話以外の知識はあまりない。
でもさすがに魔王の名前が描写されていたら忘れるはずがないのだ。だからきっと魔王がジョンドという名前であったことは前世の記憶を持っている者しか知らないのだろう。……これは、本当にヒユノーにジョンド様のことを話さなくて良かったのかもしれない。万が一にも名前を出していたら一発でバレていた。
「ああ、だから俺の親はジョンドと名付けたけど、君の親はルティアと名付けたんだね」
「え? どういうことです?」
「俺の推測だけど、親は転生している子供に対して同じ名前を付けたくなる気持ちというか本能みたいなものがあるんじゃないかな。でもコーデリアと名付けるのは抵抗があったからルティアになった」
「な、なるほど!」
もし私の名前がルティアじゃなくてコーデリアになっていたら落ち着かない毎日を過ごしていたことだろう。そう思うとルティアと名付けてくれた両親に感謝しないと。
「ところでさ、普通に話しているけどルティアは俺が怖くないの?」
「怖い? どうしてですか?」
突然言われた質問の意味が分からない。私は初めて出会った瞬間からジョンド様のことを怖いと思ったことは一度もないというのに。
「どうしてって……俺が言った話を信じてくれるなら俺って魔王だったのに? 物語ではエミューヤ王国を侵攻して滅ぼそうとした存在として描かれているはずだから怖がるのが普通じゃない?」
確かに。私は納得するみたいに頷いた。
ジョンド様の話は臨場感があって嘘を吐いているとは思えなかった。だから私はこの話を真実だと思っているし、そうなるとジョンド様は前世が魔王だったということになる。王国を侵攻してたくさんの被害を出した魔王だということに。
「前世のジョンド様はコーデリアと契約した後に人を殺したりしたんですか?」
「……いや、もうそんな気は無くなったからしてないけど」
「今のジョンド様は誰か傷付けたりしましたか?」
「前世の記憶を取り戻してからはあんまり人と接する生活を送っていないから、多分傷付けてはない……と思う」
「じゃあ怖がる必要なんてないですよ」
私は聖女コーデリアのように一目惚れしたからといって王国を破滅させようとした相手までを許せるほど一途にはなれないと思う。でも今のジョンド様はちゃんと改心している。それなら私に怖がる理由なんて何一つとしてなかった。
「正直、この話をしたらルティアが怖がってどこかに行くと思ってたんだけど」
「残念でしたね! 私は周囲のことよりも私が好きになった人の言葉を信じるんです! そのジョンド様が、今のジョンド様が何もやっていないと仰るのなら私はどこにも行きませんよ!」
そこまで言い切って私の中に一つの不安事項が頭をよぎった。
「……あの、もしかしてなんですけど、私にどこかに行ってほしいから本当のことを話してくれたんですか?」
ここでジョンド様に頷かれてしまったら私は寂しい。私の前世を知っていてもなお、最初からルティアとして接してくれたジョンド様の優しさが大好きなのだ。でも、そのジョンド様がコーデリアのことを思い出すから私とはもう会いたくないと言われたら私はそれに逆らえない。
尊敬している人を嫌な気持ちにさせたいわけではないのだから。
「いや、そんなことはないよ。ルティアと話したくないなら最初に会ったときにもうここに来ないよう言うから」
「よ、良かった~」
私は安堵から胸を撫で下ろした。そうして私がジョンド様に伝えたかったことも同時に思い出した。
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