第9話・ジョンドの回想3
だって、今、聖女コーデリアは何と言ったのだ? ジョンドの耳には国を護る聖女であるコーデリアが、侵攻してきていた魔王であるジョンドに一目惚れしたとしか聞こえなかった。そんなこと、あるわけないだろう。仮に一目惚れしていたとしても幻滅されるだけの行動をジョンドは散々やってきている。
「あ、信じていませんね」
「し、んじるわけねえだろ」
「一応これ私にとって人生で初めての告白なんですけど」
「……それを言うには俺のこと本気で殺しにきてただろ。今こうして話せる気力が残ってるのも奇跡みたいなもんだぞ」
戦いの最中にコーデリアが手を抜いているようには見えなかった。ジョンドもコーデリアもその仲間達も全員が必死になって戦った結果が今である。だから、もしもコーデリアが手を抜くようなことがあれば結果は逆転していたとも言える。
「それはもちろん本気で戦いましたよ。殺さないように、なんて手加減をしていたら私が死んでいましたから」
「お前の言ったことを信じてはねえけど、一目惚れをした相手が死んでもいいのかよ」
ジョンドは自分で言った言葉に鳥肌が立つのを感じていた。ジョンドに好きや嫌いといった感情はあるが、恋愛における好きという感情はよく分からない。そういった感情を向けられていた記憶も全くなかった。特別なたった一人なんていらない。それがジョンドの考えである。
「あなたが死んでもいいか、ですか」
「そうだ」
コーデリアは特に迷う素振りもなく答えを口にする。
「はい。魔王ジョンドは死んでもいいですね」
「……今、俺を生かそうとする契約を持ちかけておいてか」
ジョンドはコーデリアのことを理解しようと思ったことはない。自分の目的を達成するための一番大きな障害でそれ以上でも以下でもなかった。何回も邪魔してきたから殺す。ただの壁相手に理解という感情を見出そうとしたことすらないのだ。
そのジョンドが今ついにコーデリアは理解出来ないということを理解していた。
「えっと、誤解してほしくはないんですけど、死んでほしいわけじゃないです。ただ、あなたが生きていると私達王国の民が安心して生きていけないからそれと比べたら、魔王ジョンドが死んで私の初恋が散ることくらいどうだっていいんです」
「じゃあこのまま俺を殺して散らせば」
コーデリアが頬を赤らめながら視線を泳がせる。今のジョンドならこの表情の意味が分かる。コーデリアは確実に照れていた。こんなヤツらに負けたのかという思いが生まれなくもなかったが、性格や思いの強さと戦闘力がイコールで結ばれないことをジョンドは知っている。
……まあ、それでもやるせなさは胸中に生まれたが。
「あなたが負けた上で生き残ってくれたことで私の中に欲が生まれてしまったのです。私は王国の聖女という立場上、絶対にあなたと結ばれることは出来ませんが」
「俺もそれは断るけどな」
「えへへ」
今のどこに笑う要素があったのだろうか。
「でも、好きになった人に生きていてほしいと思うのは普通の感情ではありませんか?」
「それが魔王と呼ばれている人物でもか」
「はい。魔王でもです。私のこの選択によって仲間達からどれだけ責められようと、あなたが負けたのに生き残って惨めだと笑われるようなことがあろうと私は生きていてほしいです」
「……お前、わがままだとよく言われるだろ」
「でも皆最後には受け入れてくれますから」
折れない人間だなとジョンドは思った。
ジョンドがしっている普通の人間の定義からはかなり離れている。いや、歪んでいると言い換えてもいい。護るべき王国を破壊したり民を殺したりもした相手に一目惚れをして、命を奪わずに倒せたから生き残らせようとしている。これを歪んでいると言わなくて何というのか。
全く、本当にこれっぽっちも理解が出来ない。理解は出来なくとも、ジョンドはどこか歪んでいる存在が好きだった。もう倒されているジョンドの仲間達だって皆どこか歪んでいた。少なくとも普通の人間社会で生きていけないほどには。
元よりジョンドは敗戦の将である自分への扱いに文句を言うつもりはなかったが、この短い会話でコーデリアのことを恋愛対象ではなく個人として気に入ってしまった。だから、うん。命を結ぶ契約をしてやってもいいと思ったのだ。
「聖女コーデリア」
「初めて名前を呼んでくれましたね!」
コーデリアが嬉しそうに笑う。確かにジョンドは名前を呼んだことはなかった。それだけでこんなに嬉しそうにするということはやはりジョンドに一目惚れをしたというのは事実なのだろう。
しかし、一目惚れをしていてもここでジョンドが契約を拒んでしまえば泣く泣く殺しはする。コーデリアは自分の感情と行動をしっかりと区別出来る人間なのだとジョンドは感じていた。区別出来すぎるから歪んでいるのだろうけれど。
「お前が考える契約条件はなんだ。俺の方は人間や王国を傷付けるなとかそういった感じだろ」
「大体合っていますね」
コーデリアはちゃんと話したいのか軽く咳払いをしてから再び口を開く。
「まず私が魔王ジョンドに求める契約条件は『エミューヤ王国の施設及び建築物、人間を対象として魔力を使わない。また直接的のみならず間接的にも使用禁止』といったところですかね」
つまり直接攻撃だけじゃなくて、生き残った仲間に指示したり土砂崩れとかを起こして人間を襲うのもダメということか。そのくらいはしないと意味ないよなとジョンドは心の中だけで頷いた。正直言えばジョンドはもう王国に侵攻して人間を皆殺しにしたいという気持ちは消えているのだが、それを言ったところでコーデリア以外は信用してくれないだろう。
だからこの契約条件には納得出来る。
ジョンドが頷いたのを確認してコーデリアは言葉を続ける。
「それに対する私の契約条件は『契約締結後、魔力の使用禁止と私のパーティーメンバーにジョンドを殺させない』です」
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