第7話・ジョンドの回想1
五百年前、エミューヤ王国。魔王のアジト、最深部にて。
コーデリアの渾身の一撃を受けてジョンドは床に倒れ伏していた。意識はあるし命もまだある。それでも力を使い果たしてもう指一本として動かせる気がしなかった。アジトの天井が見えており、自分はコーデリアに負けたのだと認めざるを得なかった。
負けたら悔しいかと思っていたが、ジョンドは不思議と清々しい気持ちでいっぱいであった。全てを出し切ってそれでも負けたのである。ここで認めないほど諦めの悪い存在にはなれないという気持ちの方が大きかったのかもしれない。
ジョンドが天井を見上げたままの状態で動けないでいると、ボロボロになったコーデリアがジョンドの顔を覗き込んできた。コーデリアが被っていたフードもボロボロで戦闘に集中していたときは見えなかった顔がよく見えた。
そのコーデリアの気を緩めるにはまだ早い行動に遠くにいる彼女の仲間から声が飛んだ。
「コーデリア様! 魔王にまだ余力が残っていたら危ないです! 距離を取るかトドメを刺してください!」
「……ヒユノー。私達は全力を出して全員が満身創痍です。これで魔王に余力が残っていたら距離を取ったところで終わりです。だから、私達は魔王を倒せていると信じましょう? それに、何より人と話す時はちゃんと瞳を見て話さないと」
ヒユノーと呼ばれた人物が悔しそうな声を上げたのがジョンドの耳にも届く。その反応には「こうなったら何を言っても聞いてくれない」という諦めが滲んでいた気もした。そうしてコーデリアはジョンドの顔のすぐ横にしゃがみ込んで、二人にしか聞こえないような声の大きさで話し始める。
「魔王ジョンド、あなたの負けです。これで我らの国への侵攻を止めていただけますね」
「止めるも何も部下は倒されたか散り散りに。これで俺を殺せばお前らだけで充分国を建て直せるだろ」
ジョンドが死んだら復讐をやりそうな部下の存在は思い付くが、個々で出来ることは少ない。ジョンドという魔王がいたからまとまっていただけで死んでしまえば生き残っている部下も各々で生きていくだろう。そんな……言ってしまえば残党達に負けるような聖女一行ではないことを直接戦ったジョンドは誰よりも実感していた。
「確かにあなたを倒すのが一番手っ取り早いですが、私はそれをしたくありません」
この言葉を聞いたときのジョンドの感想は「何言ってんだコイツ」であった。
もしコーデリアが聖女だから不殺を貫くという性格であれば、相容れない考えだが行動の理解は出来た。しかしそうじゃない。コーデリアは積極的に殺しをするわけではないが、王国の人間の危機なら話は変わる。護るために殺せる覚悟を持った聖女だ。
だからこそジョンドにはコーデリアの発言の意図が全くもって、これっぽっちも分からなかった。そして、ここで殺されなくても放っておかれたら死ぬジョンドは疑問を口にすることに少しの逡巡もない。
「お前、何言ってんだ。戦いで頭でも打ったのか」
「あら、私は本気です。あなたが侵攻を止めてくれるなら殺しません」
「いやいやいや、お前の部下が許さねえだろ。全員少しでも今のうちに体力を回復するために遠くで見ているだけで俺が少しでも動こうものなら最後の気力を振り絞って俺を殺すヤツばかりだ」
「えへへ。仲間を褒められると嬉しいですね」
褒めてない。全く褒めてない。ジョンドはそう思ったが目の前で嬉しそうに笑うコーデリアを見て毒気が抜かれてしまった。どうせもうジョンドに抵抗なんて出来ないのだ。負けた以上、自分の命に執着はしていないが流れに身を任せるのも悪くない気持ちにはなっている。
勝った方が正義。その主張で侵攻していたジョンドが今の状況で言えることは何もない。
「でも大丈夫です。仲間は私が説得しますから」
「説得ってどうやってだよ。聖女様一人のわがままでどうにかなる規模は超えているだろ」
「私の命とあなたの命を結んだ契約をします」
「はあ!?」
ジョンドとしては大きな声を出したつもりだったが、驚きと動かすことが出来ない体のせいで掠れたような声しか出なかった。そのおかげで声がコーデリアの仲間に届くことはなかったのだが。
「命を結んだ契約ってお前、意味分かって言ってるのか」
「それくらいしないと私の仲間は納得してくれませんから」
「……怒られるぞ」
「怒られるのは慣れてます」
ああ、これは自分の発言から引かない人間の瞳だ。ジョンドは話したこともないコーデリアの仲間達に同情した。この人間について行くのは並大抵の覚悟じゃ無理なのだろうと。
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