第6話・ルティアの名乗り

 私がジョンド様と初めて出会ってから数日が経った。

 そして私はヒユノーにも姉様にもメーチェにも誰にもジョンド様のことは話していない。裏路地で会ったと言ったら止められると思ったからである。そして今日再びジョンド様に会いに行こうと考えている。ジョンド様が何故裏路地にいたのかは知らないけど、他の場所で会うよう提案したいからだ。

 私はそう決めてヒユノーが食事の片付けをしているタイミングで家を飛び出した。あらかじめメーチェには伝えているから家の門を越えた瞬間に服が変わる。暖かさを感じながら心の中でメーチェにお礼を言うと私は一目散に裏路地の入り口へと駆けていった。

 久しぶりにたどり着いたそこは何も変わっていなく、薄暗いままだった。私は唾を飲み込んでから深く深呼吸をして覚悟を決めると奥へと進んでいく。ジョンド様と出会った曲がり角の先を覗けば、初めて会ったときと変わることなく座り込んでいる姿が見えた。

「ジョンド様!」

 私が名前を呼んでから近寄っていくとジョンド様は顔を上げて軽く手を振ってくれた。それだけのことで私は嬉しくなってしまう。

「お久しぶりです」

「久しぶり。……あー」

「どうかなさいました?」

「いや、君の今の名前聞いていなかったなと思って。同じコーデリアじゃないんだろう?」

 私としては今更コーデリアと呼ばれ続けても特に気にしなかったというのに、ジョンド様はちゃんと私の名前を聞いてくれる。しっかり私のことを前世はコーデリアであるが、今はコーデリアではない存在として扱ってくれていると実感した。そして改めてジョンド様に出会えた喜びを噛み締める。

「私の名前はルティアと言います」

「ルティア……ルティアか。素敵な名前だ」

 変わらず被っている布でジョンド様の表情は読みづらいけれど、真っ直ぐに私を見てくれていることは感じられたので私はそれだけで満足だ。

「えへへ。ありがとうございます。……実は、私の名前を決めるときに『コーデリア』も案の一つとしてあったらしいのです」

「そうか。ルティアになったのはどうして?」

「この国でコーデリアといえば誰もが『聖女コーデリア』を思い浮かべるでしょう? そのような名前を付けて他の方から変に言われたらかわいそうだとなって、コーデリアではなくお母様から一文字借りてルティアになったそうです」

「君にはルティアの方が似合っているからご両親の英断だね」

「えへ、えへへへへへへ」

 褒められると嬉しくて頬が勝手に上がってしまう。

 私自身、ルティアという名前は気に入っている。特に深い理由なんてものはない。ただ名前の響きがかわいくて好きだから。何かを好きになることに深い理由なんてなくていいと私は思っている。好きになっちゃったから好き。それが私の基準だ。

 ただ、名付けの時の案の一つにコーデリアが入っていたのはずっと気になっていた。聖女コーデリアと同じ名前なんて思い付いても候補として口に出さないような気がするけれど。考えても今答えが出ないことは気にしない。

 私は一応出来る限り服が汚れないよう気を遣いながらジョンド様の隣にしゃがみ込んだ。

「実は次にジョンド様と会ったら聞きたかったことがあるんですけど、いいですか?」

「俺に答えられる範囲のことなら」

「ありがとうございます! えーっと、その、ジョンド様ってコーデリアとはどんな関係だったんですか?」

 ジョンド様がどこか動揺したことが気配で分かった。

「あ、あの! 言いたくなかったら言わなくて大丈夫ですから! ただ私がちょっと気になっちゃっただけで!」

 私は慌てて言葉を付け足す。純粋な疑問として気になっただけでジョンド様を困らせたいという気持ちはないのだ。今まで私と出会ってコーデリアと呼んだ人達は前世の話を聞かせてくれたからコーデリアとジョンド様の関係も聞いてみたくなっただけ。ただそれだけなのである。

 ヒユノーはコーデリアがどれだけ素晴らしかった方かと語ってくれたから。ジョンド様にとってのコーデリアもそんな存在だったら誇らしいなと。私に記憶はなくとも、そんな素敵な人が前世にいたのだと胸を張れることが出来るから。

 でも困らせるなら話は別だ。だって私にコーデリアの記憶は存在しない。思い出話に花を咲かせることが出来るならともかく、秘密にしておきたいこともあるかもしれないのに話してほしいとは言えない。

「いいよ」

「え?」

 言えなかったのに、今ジョンド様は何と言ったのだろうか。

「詳しく話すのは恥ずかしいから無理だけど、ルティアにだけなら教えてあげる」

「ほ、本当によろしいのですか?」

「うん。他の人に内緒にしてくれるって約束出来るなら」

「もちろんです!」

 この返事をしたときの私は瞳を輝かせていたと思う。そのくらい嬉しかったのだ。

 そのためなら他の人に内緒にするくらいなんてことはない。そもそも他の人はまず前世を覚えていないのだ。私の周りには前世の記憶がある人や、前世の存在を信じている人がいるけれど。もちろんその人達にも言うつもりはない。

 私はワクワクしながらジョンド様のお話を待った。

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