第4話・ヒユノーの問い
裏路地から出ると確かに陽が傾き始めていた。その事実にジョンド様は本当に私を心配してくれていたと分かり、勝手に笑顔がこぼれてしまう。
しかし、ここでボーッと立っているわけにはいかない。さすがに陽が完全に落ちるまでには帰らないと何を言われるか分かったものじゃないのだから。
私は一度だけ振り返って裏路地を見てから家に向かって走り始めた。
「ルティア様! また勝手に飛び出して……」
家に帰った途端、ヒユノーと出会す。いつも通りの説教を今日も右から左に聞き流そうと思っていたら、言葉の途中でヒユノーが止まってしまう。こんなことは初めてだ。ヒユノーはいつだって私の教育係として勝手に家を抜け出た日はずっと怒っているのだ。それこそ私以外の誰か……姉様に止められないと止まらないくらいには。
ヒユノーが何かを考えるように私を見ながら首を傾げている。その目は私の頭の先から足の先まで全身を見ていた。それでも分からないのかヒユノーの表情はずっと答えの出ない難問を目の前にしているみたいである。
「……ルティア様」
「な、なに?」
真剣な声色に私の体が跳ねてしまう。こんな声で尋ねられたのは私にまだコーデリアの記憶があると思っていた頃ぐらいだろう。
「今日、誰かと会ったり触れ合ったりしましたか」
「なんでそんなこと聞くの?」
「いいから。大事なことなんです」
普段とはまるで違う。大事なお客様が訪ねてきたときと同じくらい真面目にヒユノーが聞いてきた。
誰かと会ったかと聞かれると確かに会っていた。ヒユノーや姉様に行くなと言われていた裏路地に入り、初対面で前世の記憶を持っていそうなのに私をコーデリアと呼んだことを謝ってくれたジョンド様と出会った。心当たりはそこしかない。
しかしジョンド様のことをヒユノーに話してもいいのだろうか。
私が裏路地に入ったことがヒユノーや姉様にバレてしまったら裏路地に向かうことを禁止されてしまうかもしれない。それだけならまだ良くて、一人で家を出て行くことを禁じられる可能性だってある。ヒユノーは私が家を抜け出すことをいつも本気で怒っているけれど、姉様と手を組んで本気を出せば私を家から出さない魔法くらい作れるはずだ。
私は直接目にしたことはないが、姉様の魔力量はすごいという話を聞いている。私が定期的に家を飛び出すことが出来ているのは姉様が私の味方だからなのが大きい。そんな姉様の約束を破ったと言ってしまえばどうなるか分からない。姉様は私に甘いけど、私が屋根から飛び降りるなど本気で危ないことをしそうになった時は力尽くで止められたことがある。
……どうしよう。
ここまで真剣なヒユノーの問いに嘘は吐きたくない。でもジョンド様にもう会えなくなるのは嫌だった。私はまたあの人に会って話を聞きたいし聞いて欲しいのだ。
だから私は。
「街の人と話したりはしたけど名前までは知らない。ちょっと話して別れるのを繰り返しただけだから」
「……そうですか」
ヒユノーに嘘を吐いた。
普段家から抜けだしたり授業をサボりたい時に使う嘘とは違う。本当に相手を裏切るための嘘だ。
このことに私の心臓はキュッと音を立てて小さくなった気がする。今私は明確にジョンド様を、今日会ったばかりのジョンド様を優先したのだと言葉にした瞬間に自覚した。
「とりあえず今日のことはまた明日にでもちゃんと説教します。だからルティア様は早く部屋に戻って着替えてください。メーチェが服を用意しているはずです」
「う、うん」
私に背を向けて家の奥に消えていったヒユノーに、どうして今日はそんなことを聞いてきたのか問うことを忘れてしまったなと思った。
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