第3話・ジョンドとの出会い
「お願いします! 貴方様のような方に出会えたのは初めてなんです!」
「いや、そんなことより汚れちゃうから手離して……」
「お名前を教えてくだされば!」
彼が困惑しているのは布で目元が隠されていても伝わってきた。突然手を握られたら誰だって困惑するだろう。でも私はそれでも何か彼のことを知りたかった。彼も無理矢理私の手を振りほどくことはしなかった。それだけで私の心が嬉しさから高鳴ることが分かる。
「………………ド」
「え? 申し訳ありません。よく聞こえなくて」
「ジョンド。俺の名前はジョンドです。お嬢さん」
「ジョンド様!」
私がジョンド様の手を離すとホッとしたように息を吐いた。その姿を見て私は自分が舞い上がっていたことを知り、落ち着くために軽く咳払いをした。
こんなところをヒユノーに見られたら絶対に怒られてしまうし、さすがの姉様も私に注意してくるかもしれない。ジョンド様にだって失礼だ。私は大きく息を吸って吐くとジョンド様の正面に再びしゃがみ込んだ。服が多少汚れるかもしれないけれど、ルッツやミシェと遊んでも汚れるのだ。今更気にすることじゃない。
「ジョンド様、申し訳ありません。私、本当に貴方様のような方に出会えたのは初めてなんです」
「いや、君は謝らなくてもいいけど何が初めてなんだ?」
「聞いてくださるのですか!?」
「まあせっかく会ったんだし少しくらい話してもいいかなって。それに君は俺が帰れって言っても帰らなさそうだから」
「はい! 許されるならもっと話してみたいです!」
「ははっ」
ジョンド様が小さな声で笑った。それだけで嬉しくなる。私は嬉しさを噛み締めながらジョンド様に伝えるために口を開いた。
「私にそのような記憶は全くないのですが、どうやら私は聖女コーデリアの生まれ変わりらしいのです」
「記憶がないというのは?」
「言葉通りです。私に前世と呼ばれるものの記憶は全くありません。歴史の授業で学ぶ限り、聖女コーデリアは偉大な方だとは思いますが、私が生まれ変わりだとは今でも実感がないのです」
「……でも自分がコーデリアの生まれ変わりだとは思ってるんだ」
「複数の方から、絶対に裏で画策して私をだませるような関係ではない方達まで私を一目見て『コーデリア』だと言っていましたから」
そう。私に記憶はなくとも自分が本当に聖女コーデリアなのだろうと思う理由はこれである。
ヒユノーだけじゃない。絶対に嘘を吐かなそうな誠実な方まで私のことをコーデリアだと呼んだのだ。何より皆初対面であるはずの私に対して瞳をキラキラと輝かせながら名前を呼ぶのである。私のことが大好きでたまらないと瞳が訴えかけてきている。そこまでされて全てを嘘だと思うことは私には出来なかった。
出来なかったからこそ、どうして私には記憶がないのだと落ち込んだこともある。私に記憶があれば皆と前世の話で盛り上がったり出来るし、本当に記憶がないんだと皆の肩を落とさせることもなかったのに。
「ただ、私には本当に記憶がないので皆様を落胆させてしまうのが心苦しかったのです」
「そんなの落胆する方が悪いよ。ほとんどの人間は前世なんて存在しないか覚えてないのに」
「……ジョンド様はそう言ってくださるのですね」
私は今でもたまに記憶が戻っていないか聞かれることがある。それは前世からの付き合いがあるらしい相手じゃなく、ただ聖女コーデリアのことを知りたい、言ってしまえばファンの一人からなのだけれど。他のヤバいファンを知っているからこの人は節度はあるなと思ってしまう。
「だから嬉しかったんです。私のことをコーデリアと呼んだ後にすぐ謝ってくださったのはジョンド様が初めてでしたから」
「……そういうことか」
「はい!」
ジョンド様が納得したように頷いて、私は笑った。少し言い方はぶっきらぼうだけれど、ジョンド様が優しい方なのはこの短い会話でも分かったからだ。
「まあでも、君はそろそろ帰った方がいい」
「え? どうしてですか?」
「ここは元々暗いから分かりにくいだろうけど、陽が沈んできている。何より昼はともかく夜のここは危ないからね」
言われて空を見上げてみるが私には裏路地に入ったときとの違いが分からなかった。ただ、ジョンド様が言うのなら真実なのだろう。
「でもジョンド様は?」
「俺?」
「はい。危ないのならジョンド様もここから離れた方が……」
せっかく会えた、初めてで私の心を掴んでしまった方を危ない場所に置いていくことは出来ない。家があるのならいいのだが、もし無いのならヒユノーに頭を下げて両親に頼み込むのを手伝ってもらう他ない。普通なら絶対に止められることを今の私は真剣に考えていた。
それほどまでにジョンド様と会えなくなることが私には怖かった。
「あ~、俺は大丈夫。ちゃんと帰る場所があるから安心して」
「良かったぁ……」
「だから、ほら。さっさと帰りな」
ジョンド様が立ち上がったから私も促されるように立ち上がった。軽く服に付いている土埃を払うとジョンド様を見上げた。正面からは見えなかったジョンド様の瞳が下から見上げたことでよく見える。奥がよく見えなくて真っ暗だけれど、彼が優しいということを私はもう感じてしまったからこれっぽっちも怖さは感じなかった。
「あの、また会えますか?」
彼はゆるりと目を見開いた。そして何かを考えるよう視線を左右に動かした後に私を見下ろす。
「大体この辺にいるから君が会いたいのなら」
ジョンド様の答えに私は飛び跳ねたくなるのを必死に抑えて、軽く地面を踏むことで我慢した。
「また会いに来ます!」
ジョンド様に向かって手を振れば、振り返してくれて私はまた嬉しさで胸がいっぱいになった。
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