第2話・初めての人

「……え?」

 そこには人が一人ボロボロの布に包まれて座り込んでいた。体格から男性のような気はするけれど、顔は俯いていてよく見えない。その姿を目にした瞬間、私は自分の中で決めていた何もなくても何かがあっても引き返すという約束を躊躇なく破った。

 だって。

「大丈夫ですか!?」

 うずくまっているように見えたその人が急に具合が悪くなって動けなくなっているかもしれないのだから。

 私が急いで駆け寄るとその人はゆっくりと顔を上げた。アメジストのような瞳はほの暗い何かを感じさせた。そして私の顔を見るなりに驚いたように目を丸くする。まるで見るはずがなかったものを見るように。

「……コーデリア、なのか?」

「その名前……」

 その人はすぐにハッとしたような顔をすると申し訳なさそうな表情を浮かべた。

「いや、すまない。突然この国の聖女と同じ名前で呼ばれても困るよな。俺は好きでここにいるだけで大丈夫だから君は帰った方がいい」

 私を見てコーデリアだと呼んだその人は男性だった。

 布の隙間から黒い髪の毛が見えており、どうやら後ろで軽く結んでいるようにも見える。私の顔を見てから自分の顔を隠すように布を引っ張ったから顔は一瞬しか見えなかったけれど、とても綺麗な顔をしていたと思う。たまに行く社交界でも見たことがないほど綺麗な方だ。

 もし私がこの方と社交界で出会っていれば親しくはなれなくとも、一言くらい言葉を交わしてみたいと思ったかもしれない。それだけでしばらくは楽しい気持ちで毎日を過ごせるほど美しかったのだ。薄暗い場所であることもボロボロの布に包まれていることも彼にとっては何のマイナス要素にもならないほど宝石のような輝きを放っていた。

 しかし私にとってはそれ以上に私の心を掴んで離さないことを彼はやっていた。

 私はヒユノー以外からもコーデリアだと言われたことはある。何回か話せば私に記憶がないと認識してくれて普通に接してくれる人達ばかりだ。私が聖女コーデリアの生まれ変わりでなければ、会話をすることがなかったような身分の方もいる。ヒユノーの過保護すぎるところはどうかと思うが、皆いい人達である。

 でも、でも!

 私をコーデリアと呼んだ後に、私が何かを言う前に、そのすぐ後に謝って距離を置いてくれたのはこの方だけだったのだ!

 初対面の殿方にこんなことをするなんて冷静になった私であれば止まっていただろう。でも今の私を止められる人はこの場所に誰一人としていなかった。

 そう。私は勢いのままに目の前の方の右手を私の両手で挟むように握ったのだ。彼は驚いているらしく私と手を交互に見ていた。

「あ、あの! お名前を教えてくれませんか!?」

「え…………え?」

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