第2話

俺の名前は、高坂文人、十六歳。私立の高校に通う普通の高校生・・・と、昔のアニメ然り、古典的な自己紹介という展開でこのストーリーのスタートを切ったのは、実は深いわけがある。

 それはなぜかというと、この小説が開始して2ページ目、早くも小説の主人公が死んでしまうという、超絶展開が待ち受けていることを、俺は察してしまっていたからだ。


 一歩踏みしめるごとに発する“ネチャ”“ネチャ”という音。

 普通の人間ではありえるはずもないほどに変色してしまっている肌の色。

 フランケンシュタインをほうふつさせる、まるで布切れのように縫い合わされている縫合跡。


「ヒィッッッ!!!!!!!!!!!」


青春真っ盛りの男児とは思えないような、女々しい声がボリュームフルテン状態で、教室の中に鳴り響いた。

 その絶叫は、俺ただ一人が行っていたという空々しいものではあったのだが、そんなことに、意識を向けている余裕は当然俺にはない。


―ガタッ―


乱暴に倒れる椅子、脊髄反射的に腰を浮かせること約8センチ。

 走馬灯のようにゆっくり流れる時間の中、世に言う“チューゴシッ”という体勢でパントマイムのごとく、静止するという荒業を披露せざるを得ない状況に迫られることと相成るのだった。


 何故なら、俺以外の全員が  “お前、何やってんの?”  とでも言いたげに俺の方を注視していたからだ。


 後ろに座る女の子が、何を誤解したのか、急いで鼻を手でつまんでおられる中、俺は、若干みんなよりもサイズが小さいのかもしれない脳みそをフル回転させる。そして、命の危機が迫っているという本能の警鐘と、みんなが見ている中“チューゴシッ”をキープするという羞恥プレイの継続を天秤にかけた結果、最終的には倒れた椅子を戻して静かに着席するという英断に至ったのであった!


 一部、青色に変色したあのクリーチャーにせめてもの抵抗と言わんばかりに、茹蛸のごとく赤く、警告色を発している俺は、寒々しい周りの視線を受けながら、某指揮官のごとく、机の上に腕を組み、熟考を開始する。

(いや、落ち着け、これは、恐らく何かのドッキリだ。あの子はきっと、ドッキリを成功させるために、ゾンビのコスプレをしているに違いない。)

 そう気づいてしまえば、もう怖いものなどない。

時折、変な方向に曲がったりする腕が、チョーク片手に、自分の名前を黒板に描いていくのを、俺は、最近のコスプレは凝ってるなぁなんてジョークを飛ばしながら、にこやかに見ることができる。


「初めましてっ、私の名前は、存Bと言いますっ‼」


若干はにかみながら笑う女の子。

声と容姿のギャップが、歴代のラノベにおいても最高ランクのそれに位置していることだけは間違いないだろう。

黒板に記されているのは、漢字圏の国の言葉と英語圏の国のミドルネームのハーフとでもいうべき名前で、今となってはあまり聞かなくなってしまった“微レ存”の親戚か何かだろうと思わせるような名前。そんな名前が、彼女から発せられて、俺は確信した。

そう、そんな名前が、厳格な日本社会において、市役所を通過するわけがないのである。導き出される答えは、そう、全て嘘。

よく考えてみれば、こんな科学が発達した現代社会において、ゾンビなんて非科学的な存在がいるなんて、それこそ微レ存ですらありえはしない。

 そして、そんなにこやかなスマイルに何かを感じてしまったのだろう、先生が口を開いて、

「存Bちゃんの席は、高坂(俺の方を指さしてる)の隣でいいか?」

とおっしゃっていられるではないか。この高校にきて早一年。面倒ごとをことごとく押し付けられる雑用係という要職についている俺に、この学校は未だ一度たりとしてその優しさを見せてくれたことはない。

「ハイッ!」

笑顔とともに了承する存Bちゃん。

待て、待ってくれ!!、ブラック企業でさえも真っ白だと錯覚してしまうほどの度重なる試練を乗り越えてきた俺でも、その要求だけは断固としてのむわけにはいかなかった。なぜなら、俺の隣には一年生の頃から意識していた愛しの玲子ちゃんが座っておられる。この前ようやく、この女の子に「今日はいい天気ですね。」って、話しかけることに成功したのだ!きっと玲子ちゃんだって、その席を離れるのに抵抗があるに違いない。

隣を見ると・・・

「・・・え?」

なぜだろう、玲子ちゃんは、まるでやっとこの忌まわしい隣人から離れられるとでも言わんばかりのとびっきりの笑顔で、俺の方は一切見ず、席を譲るための準備を着々と・・・・・始めて・・・おられる・・・ので・・・ございました・・・(俺のその時の表情は、三方ヶ原の家康公も唸らざるをえないほどに見事なものだったという)。


つまりは、winwinの関係。


これを平気で使っている輩は、winwinが成り立つには、win×2に相当するペナルティを別の第三者が受けている場合が往々にして存在するという悲しい事実にいいかげん気づいたほうがいいと俺は、思う。

存Bちゃんが嬉しそうにこちらに近づいてくる。

 その笑顔には一片の曇りすらもない。

 逆に俺は、純粋無垢な恋愛がボロボロに敗れ去ったという哀愁感と、ゾンビが近づいてくるという非現実感の狭間で、ついに、存Bちゃんの様相がコスプレパーティーの一環であったという仮定を強制的に否定した。

現実逃避のような仮定を死んだ後に否定したところで、それは何の意味を見出さないからである。

 あのにこやかな笑みが、逆に不気味に映る。

 捕食者は、集団を狙う時、その群れで一番の弱者を狙うという。開口一番悲鳴を上げてしまっていた俺は、その候補の筆頭であることは言うまでもない。

 十八禁サバイバルホラーを恋愛シミュレーションゲームだと勘違いしてプレイしているクラスメイトとは違って、俺はちゃんと、これが命の危機であるという純然たる事実を正確に認識できていたのだ。


「高坂君、よろしくね。」


そして、そのひまわりのような笑顔(きっと恐怖心で、感覚が狂ったのだろう)を見た瞬間、俺のみんなよりもちょっとばかし小さめかもしれない脳みそが“まっ、いっか・・・”という判断を早々に下しそうになるのを辛うじて、こらえながら、「・・・よろしく。」そう手短に済ませた。

 敵にこちらの心象を悟られてはならない。

 そう、決してそれが、一年間片思いを続けていた玲子ちゃんよりも、目の前の存Bちゃんの方が可愛かったから照れ隠しで、ぶっきらぼうな言い方になってしまったという、青春ラブコメありきたりな、腑抜けた理由でなかったということだけは、声を大にして言いたいのだ。


―一限目―


 学園生活において、ドキッとするシチュエーションとは、何なんだろうね・・・


俺は、その問答を先ほどから心の中で繰り返している。

 きっと、本の前の読者たちに問えば、それが真理であるとでも言わんばかりの、百億点満点の素晴らしい回答が返ってくることに、一ミリたりとて疑問はないのだ。だが、すぐに答えを得ようというのは、学生の本分を考えるにあたって、いかがなものだろうかと思い、DNAレベルで模範的細胞が構成しているこの俺の体が、思考することを停止しようとはしてくれなくて。

 今、隣の女の子と呼べそうな子と、机をくっつけて授業を受けている。

もしかすると、これが、俺の求めていたドキッとするシチュエーションではないのか?俺は答えを得てしまったのではないのか?

 そう思う思考とは対照的に、俺の本能は既にレッドカードを高らかにその手に掲げておられるのだから、人生というものは一筋縄ではいかないものである。

 存Bちゃんは、転校初日で、教科書を持っておられない様子だった。

 一瞬悩むそぶりを見せた後、右隣に座しているサッカー部期待のエース、田中君を一瞥すると、何を思ったのか、こちらを振り向いたゾンビちゃんは、にこやかな笑顔とともに、

「文人君、教科書みせてっ!」そう言ってきた。

 そして俺は、未だかつて経験したことのない(今までは、何故か似たような状況になっても、皆俺とは机を並べようとはしないのだ・・・)、机をくっつけあうという、レベル難易度鬼とでもいうような、ドッキリシチュエーションに出くわしているのである!ちなみに、田中君は魂が抜けた亡者のような表情をしておられた。

 あれ?思い返してみると、今、下の名前で・・・

 俺を下の名前で呼ぶ人間など、あの部活の変態達だけだと思っていた(尚、呼称名には多少の改変有)俺に、その一撃は響いた。まさに、鬼のような一撃である。

 存Bちゃんからは、腐敗臭どころか、シャンプーのような青春の香り(?)が漂っていて、ぐじゅぐじゅにただれていると思っていた肌は、俺の想像とは違い、それなりに(当社比)きめ細やかに整っている。

 どうやら、現代のゾンビたちは、コスメにも精通しているようである。

 もしかすると、存Bちゃんが登場したときのあの“ヌチャヌチャ”という音は、俺のただの勘違いだったのかもしれない。

 だが、勿論それで危機感を零にしてしまうほど、やわな育ちをしていないのも事実であり、俺は、ふとした瞬間に気を許してしまいそうになる自分を戒めるために、先ほどからシャープペンシルの芯を消しゴムにさし続けるという神聖な儀式を繰り返し行っているのだった。

「次、この問題を高坂、解いてみろ。」

そう思っていると、先生からご指名。

まあ、ご指名が下ったのだから仕方がない、神聖な儀式を中断し軽く髪をかき上げながら、颯爽と立ち上がる俺。存Bちゃんに吾輩のIQの高さをお披露目してやろうではないか・・・

・・・

・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・

おかしい・・・

「先生・・・」

「なんだ?」

「これって、大学生がゴーグル先生とか、良きペディア先生とかと一緒になってやっと解けるレベルの問題なんじゃ・・・。」

「残念ながら、高校一年生の正答率、98パーセントの問題だ。」

「ナルホド・・・。」

つまり、ボクチンには、難易度レベルマックスな問題・・・という訳だね、ワトソン君。

俺のみんなよりもちょっとばかし小さめかもしれない脳みそは、優秀なことに、この問題をどのように解くかではなく、いかにしてこの窮地を乗り切るかということに既にシフトしていた。

 目まぐるしい変化を遂げているこの現代社会を生き抜くには、常に柔軟な思考というものが求められるものなのである。

 そして、思考すればするほど、恐らく体内の器官の活動が活発になるであろう、俺の汗腺からは、ナイアガラでもひれ伏しそうなほどに、一般的には汗と呼ばれる何かがあふれ出ているのであった。

「文人君・・・文人君。」

小声で、拙者を呼ぶ声。

振り向くと、

手に握られた、小さな紙に、

“答えは、・・・だよ。”

と書かれている。

「答えは、・・・です。」

「よろしい座りなさい。」


―ああ、神よ。我が行ってきた数々の非道をお許したまえ―


気づいたときには、天に浮かぶ、蛍光灯を見上げながら、誠心誠意、俺は懺悔をしていた。

 今は、グローバルの時代、相手がゾンビだからと言って、差別するなど、言語道断だということに俺はこの年になってやっと気づくことができたのだ。

例え、天国に行けない身だとしても、俺にはわかる。

 彼女の背後には、俺にしか見えない後光がさしておられるのが・・・。

 体内の器官が活動の転換を行い、全身から吹き出ていたそれが、目からの集中投下にシフトしている。その様は、エンジェルホールですら、かしずくほどの、素晴らしい光景であったことは言うまでもない。

「良きペディア・・・先生。」

「・・・?」

かわいらしく首をかしげるその人に、絶対の忠誠を・・・。


「高坂・・・早く着席しなさい。」


「はい。」

俺は、思考を現実に戻すとともに、静かに着席した。

 ゾンビちゃんの教科書が届くまでの期間、俺は、俺に指名が下る度に懺悔室を開く

ことになるのだが、まあ、それはまた別のお話。




 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆




―昼休憩―


存Bちゃんは、この小説のヒロインらしく、ものすごい人気を誇っていた。その証拠ともいえるのが、この昼休憩であろう。

 いたるところから、“存Bちゃん、一緒にご飯食べよう!”などという・・・うらや・・・もとい、リア充たちのリア充勧誘イベントが始まっているのである。

 リア充というものは、相撲の年寄株と同じで、その数に限りがある。スポットライトは、全てを照らせるほど、巨大にはできていないのだ。

 つまり、ゾンビちゃんは晴れて、クラスの有力者たちから、スポットライトの中へと入れる権利を頂戴したという訳。

 俺は、“ペッ”とつばを吐きたくなる衝動を辛うじて抑えながら、光の当たらない舞台裏で、今日も寂しく弁当箱を開けようとしていた。

 そんな俺の目の前に重なる影。

 前を向くと、

一人の女の子が、お弁当箱を持った手を後ろで組んで立っている。

「文人君、一緒にご飯食べても・・・いいかな?」

俺は、その時になって初めて、笑う女の子が、こんなにもかわいいのだということを知るのだった。

「え・・・あ・・・いや・・・。」

しどろもどろになってしまう・・・主人公には絶対なれないタイプの俺。

 俺には、眩しい光を遠くで眺めているのがやっぱりお似合いなのだ・・・。


―だけど、―


気づいたときには、俺の目の前に、存Bちゃんの机が合わさっている。


―なんで?―


だって存Bちゃんには、沢山の人の、お誘いがあった・・・はずだ。

そんな人たちの誘いを断ってまで、俺みたいなやつと一緒にいるメリットなんてないはずなのに・・・。

「どうして、存Bちゃん?」

エヘヘと笑って・・・

「私、文人君と一緒にご飯、食べたかったから・・・。」


思考が、一瞬停止する・・・。

この話が始まって、はや八ページ、きっとこの次のページには、作者のあとがきが来て、「最高の結末が書けましたっ」(キリッ)とか書かれていることだろう。

 いや、現代社会が求めるテンポの良い展開という意味においても、主人公の満足度においても、これ以上ない最高の結末だ!

ページ数が八ページだから、印税はマメハチドリの涙ぐらいしかもらえないかもしれないが、お金よりも大切なものなんて、この世にいくらでもあるだろ?

 ということで・・・・

 読者諸君、ここまで読んでくれて本当にありがとう。何とかという人の次回作にも大いに期待してくれ給え。


                                                              完


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 




 そして、九ページ目にして、早くも、俺は人生最大のピンチを迎えているのである。

 考えてもみたまえ、ゾンビのご飯だよ?そんなものが、普通の食事であるはずがない・・・。

 そう考えてみれば、存Bちゃんが食事に俺を指名したのもうなずけるというもの・・・。

 存Bちゃんは、食事のお相手として指名したのではなく、食事のメニューとして、俺を選択したのだとしたら・・・?

 目の前にかわいらしいお弁当箱があることから、すぐに俺が胃の中に入るという状況は回避できたのであろうが、そんなことで油断すると思うなよ。俺をそんじょそこらの、ちょっと誘惑すればホイホイとついていくようなモブキャラ男子と一緒にしてもらったら困るというもの。

 そう、サバイバルホラーの主人公に求められるのは、リア充度でも、頭の良さでも、かっこよさでもない。

 どんな苦境にあっても諦めない、不屈の精神なのだ。

 たかだか、九ページごときで、結末を迎えてしまえるほど、俺は、やわな男じゃぁないんだゼッ☆(キリッ)

 そして、目の前に鎮座している弁当箱。


 主人公というのは、往々にドジを踏むもの、完璧すぎる主人公の話なんて、ハプニングも何もないまま終わるしらけ切った小説になるに決まってる。

 だから俺は、失念していた。

 ゾンビの食べ物が、普通の人間と違うというので・・・あれば、

つまり目の前の弁当箱の中身も、普通であるはずがない・・・ということに。


「わ~い♪ランチだっ!ランチだっ!」


という声がどこか遠い世界の人間が発する声のように聞こえる。

お弁当の中身が、地上波では放送できない・・・モザイクだらけでないものという保証は・・・どこにも・・・ありはしない。

 俺が制止しようとする前に、とても可愛らしい灰色と青色の混ざった手が弁当箱の蓋にかけられている。

 俺の声帯が喉を揺らそうと脳から電気信号が送られる前に、すでにその蓋は半分以上持ち上がってしまっていて・・・。

 俺の視線は当然、その弁当箱にくぎ付けのままだ。このままでは、俺のお弁当箱が、朝食べたものであふれかえってしまう・・・。

 朝のHRしかり、俺の脳内が、再度走馬灯モードへと切り替わり、ビビッて機能しなくなってしまっている声帯の代わりに瞼の緊急シャットダウン起動‼

 だが、そうこうしているうちにも、蓋が弁当箱本体との分離を完結させようとして、心の中で“もう、お終いだあぁぁぁあぁ!!!!!!”

と、声高らかに俺は叫んだ・・・。


そして、露になる・・・。


ふんだんに・・・・キノコが・・・盛り付けられている・・・・お弁当が・・・。


「・・・ん?」


「ん?」


俺の疑問に対して、存Bちゃんがどしたの?とでもいうように首をかしげていた。

現実を直視できなくて俺は、一度当たりを見渡す。

周りには、存Bちゃんと一緒に食事をとっている俺に対して、嫉妬というか、心底羨ましそうにこちらを見ている視線があちこちに散らばっておられる。


(うむ。)


気持ちが落ち着いたところで、再度、それを見てみよう。

可愛らしいお弁当箱には、様々な、警告色を放っておられるキノコが、綺麗に盛り付けておられる。


「・・・ん?」


「ん?」


俺の疑問に対して、存Bちゃんがどしたの?とでもいうように首をかしげていた。

「あの~存Bちゃん?」

「どうしたの、文人君。」

「それ・・・キノコ・・・ですよね?」

ゾンビちゃんが、自分の弁当箱に目を向けた。

「キノコ・・・だね。」

若干気まずそうな、ゾンビちゃん。

「やっぱり、キノコばっか食べてるのって・・・おかしいかな?」


違う、そうじゃない。


「いや、カラフルで・・・おいし・・・・・・・・・・・・そうではないかもしれないけど、いいと思う。」

明らかに、カエンタケと思われる殺人キノコをパクッとお食べ遊ばせなさっている。

若干の間の跡


ふと何かに気づいたというように、ピクリとその手を止めて、ジト目

「もしかして・・・人肉が入ってると思った?」

顔を上げると、ジト目は意地悪そうな若干のにやつき顔になっている。

そして、しどろもどろの俺に確信を得てしまったのだろう、彼女はぷっと噴出した。

「も~~、文人君は、考え方が古いなぁ~~~。ゾンビのトレンドが人肉だったのは、平成までだよ?私を、そんな古いしきたりしか守れない、時代遅れのゾンビたちと、一緒にしないでくれるかなぁ?」

なるほど、ゾンビというのは、俺が思っている以上に巷に溢れていて、そしてそのゾンビたちにも、流行というものがあるようだ。

「今の時代は、キノコが主流なの?」

う~~んと考えるそぶりの存Bちゃん。ゴメン今のは嘘でと言って、

「ほんとのこと言うと・・・」

一拍

「私、キノコの中にある菌がないと・・・体の一部が機能しなくって・・・。」

若干しょんぼり君の存Bちゃん。

「あ、でも、チョコレートとかも、好きだよ?基本、食べ物だったら、なんでも食べられますからっ!」

その場の空気が重くなるのを嫌ってか、存Bちゃんはエッヘン!とでもいうように胸に手を当てる。

もう、そんな話をしている頃には、俺の頭の中から、存Bちゃんが襲ってくるかもという気持ちは一切合切なくなっていて、後々振り返ってみると、実に俺はサバイバルホラーとかで一目散にやられるモブキャラにぴったりな男だなぁと自分で思った。




 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 




 ―五限目―

「なぜだ・・・。」

高校二年生になって三度目のクラスHR、ここでは、今学期における委員会決めが行われることとなっていた。・・・のだが、、、

 ため息が漏れたのは、当然と言えば当然の結果であったのだろう。何故なら、委員会の一覧が書かれている黒板、その左端に、小さく“存Bちゃんの世話係”という項目が追加されており、授業が始まる前だというのにもかかわらず、“高坂文人”という名前がすでに記されていたからである。

「なぜだ・・・。」

 壊れた蓄音機のごとく、同じ呟きが、不死者の怨念のごとく、俺の口から言霊として発せられ続けている。

 そんな俺とは、対照的にHRは、万事問題なしとでもいうように、それはもう、スムーズに進行が進められておいででございました。

 どうやら、このクラスの皆様方は、法治国家の一員という自覚はないらしく、法の下の平等も、順法精神も、ましてや基本的人権という基本概念もとっくに淘汰してしまっているようだった。

「え~~っと、次は図書委員を決めていきます。なりたい人は挙手してください‼」

 っていうか、世話係って、委員ですらなくね?

 開いている空欄には、どんどん名前が埋まっていくのを見て焦燥感にかられた俺は、おずおずと手を上げた。

「あ、高坂君は既に決まっているので、委員には入れません。」

静かに手を下ろす。

「なぜだ・・・。」

静かな失望感の中、“なぜだ・・・”を繰り返す壊れかけの蓄音機から脱却をはかれずにいる。

「よし、これで、全員決まりましたねっ!」

結局のところ、誰一人として、一番端にある委員でさえない役職のことに、突っ込む人は現れず、HRは終わりを迎えることと相成った。

「なぜだ・・・。」

教室に人間一人取り残され、相変わらず蓄音機からの脱却を図れずにいる俺。

いや、一体だけ・・・

「大丈夫・・・文人君・・・?」

心配して、声をかけてくれる存Bちゃん。

 できれば、あの黒板のさらに左端に、高坂世話係を作って、ゾンビちゃんを任命してほしい。

 俺は、蓄音機のスイッチを切ると、心の奥底で一人・・・呟いた。




 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆




―放課後―

魂が抜けたままでいる俺に、付き添ってくれる存Bちゃん。

 時は放課後、俺は今日も戦場に向かうべくその足をプレハブ小屋へと足を向けていた。

「保健室行かなくて、大丈夫?」

存Bちゃんの優しさが胸にしみる・・・。

「大丈夫。」

それ以上に存Bちゃんに忠告しなければならない。そう、純粋無垢な存Bちゃんに、あの光景を見せるわけにはいかないのだ。

「存Bちゃん・・・ここからは、ついてこない方がいい。」

一瞬にして、寂しそうな顔になる存Bちゃん。だがこれは、存Bちゃんのためを思っての発言。

 今から始まるのは、部活の時間・・・やわな、授業中の時間とは、次元が違うのだ。

「私、高坂君の入ってる部活に興味があるなぁって・・・」

曖昧な所で話を途切れさせた存Bちゃん。

 頬が若干朱く染まって、行き場を失った右手が可愛らしく髪をいじっている。


―だからこそ、俺は行かせたくなかった―


「ダメだよ、存Bちゃん。あそこは、存Bちゃんみたいな無垢な子(?)が、足を踏み入れていい場所じゃないんだ・・・。」

「?」

「存Bちゃんは、まだ、引き返せるんだから。」

そう、存Bちゃんには、ゾンビちゃんのままでいてほしい。

俺たちみたいに、人の道から外れてしまってはいけない。


―でも、―


振り向いた先の存Bちゃんは、まるで私は、死してもあなたについていきますというような、まっすぐな目で俺を見ている。

「存Bちゃん・・・。」

その目には、一片の曇りも見えない・・・。

そう、存Bちゃんは本気だ。

「分かった。」

そこまでの覚悟を秘めた人間に、これ以上は無粋だろう・・・、

「そこまでの覚悟があるなら、俺はもう何も言わない。」

俺は、存Bちゃんを連れ立って・・・その禁域に足を踏み入れたのだった。


―二分後―


「あの~文人君?」

「どうしました、存Bちゃん?」

「どうして、この部屋だけ、ぼこぼこと壁に凹みができてるんでしょ?」

「それはね、クリエイターたちが苦悩した・・・その証だよ、存Bちゃん。」

三秒後・・・

「あの~文人君?」

「どうしたの?」

「どうして、この部屋だけ、バリケードを作ったみたいな・・・痕跡があるの?」

「それは、新たな世界を作ろうとしていた先達と、反革命分子が戦った・・・・その名残だよ。」

一秒後・・・

「あの~文人君?」

「・・・どした?」

「どうして、この部屋だけ、スプレー缶で落書きがたくさんされているの・・・?」

「存Bちゃん・・・それは、アートだ。」

存Bちゃんが、ゴクリとつばを飲み込む。ようやく彼女も、これから入ろうとしているのが、そんじょそこらのものじゃ、比べ物にならない、ゲテモノ達の巣窟であるという事実を実感してしまったのだろう。


―その瞬間―


バタンッっとドアが大きく開く。

見たことのない顔(恐らく新入生だろう)が、まるで、ゾンビから逃げる市民のように必死の形相を携えて、飛び出してきた。

 少年は、俺たちのことが目に入らないほどに怯えているようで、涙をその目いっぱいにためながら、言語にならない言葉を、喚き散らしながら、遠方へと姿を消していった。


再度、ゴクリとつばを飲み込む存Bちゃん。


ぽたりと、汗のしずくが一粒したたり落ちた。

 彼は、まだいい方だ。プレハブの中にある地獄・・・その一端に触れただけで済んだのだから。

「存Bちゃん・・・今ならまだ、引き返せるよ。」

存Bちゃんは、その返事の代わりに、ぎゅっと俺の手を握ってきた。

その手が震えていることに気づかない俺ではない・・・だけど・・・


俺は、静かに一つ頷くと・・・今しがた犠牲者が一人命からがら逃げおおせた死地へと続くその扉を・・・ゆっくりと開けた。


「お疲れ~~ふみ・・・・」

部室の中にいた、若干太り気味の男の手から、匠が試行に試行を凝らし、あまりの見事さに、誰もが持つのを遠慮せざるほどの痛々しい出来のペンが“カタリ”と床に落ちた。

 “ほ”

という音が聞こえてきそうな口の形をしながら、痙攣を繰り返すことおよそ十秒。

「彼女・・・。」


「「・・・彼女?」」


―と、―


“バチーーーン❕”


彼の頬には、大きな、大きな掌の跡。


―再度、―


“バチーーーン❕”


「さめろ・・・さめてくれよぉ・・・こんな悪夢ッ‼」

「あの・・・あの人・・・何を・・・。」

恐怖に駆られてわなわなと震えだす存Bちゃん。

俺は、存Bちゃんを手で制した。

「踏み込むなっ!・・・戻って・・・これなくなるぞ・・・。」


―再度、―


“バチーーーン❕”


あそこまで、ガチ泣きしている高校生も、自分で自分に本気でビンタする高校生というものも、存Bちゃんは初めて見たに違いない。


―再度、―


“バチーーーン❕”


彼の口からは、何度も、“これは夢だ、これは夢だ”と呟きが漏れる。


暴れる牛をなだめようとするカウボーイみたく、俺は慎重に、されどおおらかに暴れ牛へと近づいていく。


「大丈夫だ、マーシー、その子は俺の彼女じゃないから・・・。」


―瞬間―


ぴたりと止まる手。


そして、天空に高らかに腕を突き立て、喜びの涙。


「信じてたぜ、相棒。」


ハードボイルドな、渋い声。


何をどう信じていたのかは、彼以外知る由もない。


そして、その隣には高速でペンを走らせる女子生徒の姿一つ。


これだけ喚く、むさくるしい男がいたにもかかわらず、その集中力に一片の乱れもない。


だから、存Bちゃんは、正直油断してしまった。


ああなんだっ、普通の女の子もいるじゃんと、存Bちゃんは無防備なまま、部活内で、間違いなく一番の地雷な人に近づいていってしまったのだ。


俺は、止めなければならなかったはずなのに、暴れ牛をなだめていたためか、その対応に一歩・・・遅れてしまった。


 真剣な顔で、ペンを走らせ続ける女の子。

それをのぞき込むと、その均整の取れた顔立ちに、ゾンビちゃんは目を奪われるのだった。

思う、

まさかこんな美人な人が、本当にこの世界にいるのだ・・・と。

 殺風景でむさくるしい部室に咲いている一輪の花。

 女子力も高そうで、腕にはシュシュ・・・(?)なんかつけて・・・、


・・・ん?


このシュシュ・・・何かがおかしいような・・・?


思わず、呼吸が止まる。


彼女は・・・気づいた・・・。


目の前にいる女性が、この空間の中で、一番・・・・・・


近づいてはならぬ人間であったのだと・・・。


恐る恐る、彼女が描いている絵に・・・目を移す。



見事な絵だった。



 プロのイラストレーター顔負けの繊細なタッチと、対照的に躍動感あふれるその構図。ソフトを使っているのではないかと思わざるを得ないほどに寸分の狂いもなく描かれていく綺麗な曲線。


そう・・・



強風に吹かれて、絶賛パンチラ中の女の子が、芸術と呼んで差し支えない精度で、猛烈に・・・描きあげられていっている。



「ダブルブレッドは・・・パンチラしか・・・。」


マーシーのとても、悲しそうな声。


そう、その子はとても・・・とても・・・残念な子だった。


残念な・・・子だった。


彼女の人生全てをかけて磨き上げてきた魂の力作たちは、今日も見たものを立ち尽くさせるほどに魅了していく・・・。


(っていうか、よく見ると、このモデル私じゃんっ‼‼)


本来、生粋のボケ担当であるはずの存Bちゃんが、突っ込みに回らざるを得ないほどのインパクト・・・。


つまり、


彼女は、という魑魅魍魎が集う魔物の巣の中に、足を踏み込んでしまっていたのだ。


硬直する、存Bちゃんの背後で・・・


“バタンッ”



不自然にそのドアが閉まる・・・音がした。




 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 




ゴクリと、再度つばを飲み込む存Bちゃん。

その瞳孔は開ききっており、まるで、その様は犯罪集団のアジトに足を踏み入れてしまった子羊のよう。


「ここは・・・一体。」


「ここは、漫画研究会・・・通称、漫研だ。」

「漫研・・・?」

なるほど、それなら先ほど女性が描いていた絵にも若干の納得はできる・・・はずもなく。

「じゃあ、文人君も漫画書いてるの?」

存Bちゃんは、現実逃避するように俺に話題を振ってきた。

「えっと・・・お恥ずかしながら。」

「さよう、文子氏も、立派な漫研の一員である。」

「ちなみに、部員はこの三人が全員で、全員2年生。」

ぽっちゃり体系のマーシーが、俺の方を向いた。

「時に、文子氏、このは新入部員なのだろうか?」

「ああ、いや、部活の見学に来たいっていうから連れてきただけ。」

俺は、存Bちゃんのために逃げ道を作るような言い回しをした。

「紹介が遅れました、私の名前は存B。皆さんと同じ、2年生です。」

ところで、

「どうして文人君のこと、文子って呼んでるんですか?」

途端に怪しく目を光らせる、部員二人。

「ま、実際に見てもらった方が早い。」

その言葉に、遺憾を覚えるもの一人。

「なっ、証拠のものは、すべて廃棄したはず。」

チッチッチとマーシー。

「甘いなぁ、文子氏。我々クリエイターは、様々な状況を想定し、常にバックアップのためのさらなるバックアップを取っているのだぁ。」

「何?」

―瞬間―

ダブルブレッドの手が止まり、にやりとした口をしたまま、指パッチンデモしようというようなしぐさで手が差し出される。

 そして、マジシャンのトランプマジック然り、札束の扇子のごとくとある写真を、まるで見せびらかすように、ゆっくりと、広げた。


―瞬間―


俺の手が、まるでハンターのごとく、それを奪い取ろうと、差し出された。


―だが、―


写真まで、あと数センチというところで、無情にも第三者によって、その腕が捕まれる。

「マーシー。」

憎悪のこもった声で、彼を睨むが、彼はどこ吹く風である。

「観念した方がいい。」

ハスキーボイスなかっこいい声で、ダブルブレッドが死刑宣告。

まじまじと、存Bちゃんが、その写真を見つめている。


「かわいい子ですねっ!」


その言葉に、思わずといった感じに噴き出す二人。

そして、俺は、羞恥にわなわなと震えていた。

「え、どうしたんですか・・・皆さん?」

「文子氏、よかったですな!」

「よくねぇよ。」

「大丈夫、今年の文化祭は、もっとすごい衣装を準備してくるから。」


こいつら、今年も俺を弄ぶ気なの・・・か・・・?


唖然とする俺をよそに、今の言葉でピーンとくるものがあったのだろう、ゾンビちゃんが再度写真を眺め始めた。

 写真には、かわいい女の子(?)が、メイド服を着て、料理を配膳したり、ビラを配ったりしている光景が映し出されている。

「もしかして・・・文人君・・・なの?」


終わった・・・。


 俺の中で、俺の黒歴史コレクションの中でもトップシークレットに当たる極秘事項が、またしてもこの悪魔二人によって・・・暴露された。

「・・・違う。」

最後の抵抗とばかりに、俺はぶっきらぼうに答えた。

ちなみに、あの日の黒歴史の物的証拠が、部室の奥に、まるで美術館の展示物のごとく、四方をプラスチックみたいな透明なケースでおおわれた状態で、展示してある(ちなみに、俺が触ろうとすると、何故か警報装置が鳴り始めて、三秒後にはマーシーかダブルブレッドに拘束される事案が数十回ほど繰り広げられてしまったため、俺はもうそれを焼却処分することをあきらめている)。


―と、そこで・・・―


「君は、漫画・・・描けるの?」

普段、めったに他人に興味を持たない、ダブルブレッドが珍しくほかの女の子に声をかけた。

「あまり、私は・・・。」

残念そうに肩を落とす存Bちゃん。

そっか・・・と、ブレッド・・・、だけど、

「でも、君にはモデルとしての才能が――。」

「嫌です。」

即答。

そして、目を見開いたブレッド。美人だと誰もが認める顔が、硬直している。それだけ、存Bちゃんに拒否されたのは、衝撃的なことであったのだろう。

「ちなみに、現状だとどのくらいかけるの?」

マーシーは、ブレッドの隣を素通りすると、試しにとでもいった具合に、ペンと紙を存Bちゃんに差し出した。

「これの模写をしてもらえる?」


―瞬間―


「文子氏、ちょっと、自販機いこう?」

気絶から立ち直った、ブレッドの突然のお誘い。えっ?という俺を前に強引に手を取られ、部室から退去。まあ、飲み物ほしかったからいいけど。


―五分後―

飲み物を買ってきた俺たちの目の前には、   俺の黒歴史    の写真を必死に見ながら、模写する存Bちゃんの姿があった。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 




―二十分後―


「できました!」

「んんんー――んんんーーー!!!(猿轡をされ拘束されているため、上手く声が出せない)。」

「ほぉ、なかなか、お上手で。」

「うん、いい筋してる。」

「えへへ、どうも。」

「んんんー――んんんーーー!!!(猿轡をされ拘束されているため、上手く声が出せない)。」

「漫画を描くのは、まだちょっと難しいかもしれないけど・・・一年もやれば、」

「うん、いいとこまでいくかも。」

「えへへ、ありがとうございます。」

「んんんー――んんんーーー!!!(猿轡をされ拘束されているため、上手く声が出せない)。」

「じゃあ、これが入部届だから、ここにサインをよろしくっ!」

「これから、よろしくね、ゾンビちゃん。」

「えへへ、お二人とも、よろしくお願いしますっ!」

「んんんー――んんんーーー!!!(猿轡をされ拘束されているため、上手く声が出せない)。」

「あ、あと、これ記念にどうぞ(俺の黒歴史の写真集)。」

「じゃあ、私からもこれあげる(メイド姿の俺をかたどったフィギュア)。」

「えへへ、ありがとうございます。」

「んんんー――んんんーーー!!!(猿轡をされ拘束されているため、上手く声が出せない)。」

涙目の俺をよそに、万事何事もなくうまくいったという風に、この部活に新たな部員が加わることとなったのだ。


「んんんー――んんんーーー!!!(猿轡をされ拘束されているため、上手く声が出せない)。」

俺は、存Bちゃんの代わりにこの部を抜けようと、今・・・心に誓った。




 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 




―帰り道―


そして、存Bちゃんと俺は、帰路についているのであった。

猿轡をしていたせいか、若干口の中がいたい。というか、君たち、拘束されている俺をほっぽって、帰ろうとしていたよね・・・?

 退部届を出そうとしていた俺は、「えっばら撒かれたいの?」というブレッドの容赦のない目配せを前に屈し、結局のところ、部活に残る羽目になっていた。

「ああ、今日は楽しかったなぁー。」

存Bちゃんが今日何度目なのかわからない笑顔をともす。

「俺は、全然楽しくなかったけどね。」

「そう?文人君も、楽しそうに見えたけど・・・。」

「俺の立場・・・代わってみる?」

「遠慮しときます。」

そこまで言って、しばし沈黙。

 存Bちゃんが街中を歩いて果たしてパニックは起きないのだろうか・・・と思ったのだけど、今見た彼女は今朝ほどゾンビらしさはなくなっており、フランケンシュタインの女の子レベルまでには、人間っぽく俺の視界には映った。

 縫合した後が、人間味をなくさせているけど、でも、街中がパニックになるようなことはないだろう。

 考えてみれば、いや、考えなどしなくても、女性と一緒に帰るなんて、これが初めてのことだった。

 自然な流れで、一緒に帰っているが、ゾンビちゃんは嫌じゃないだろうか?

 もし、こっちのことに気を使っているのだとしたら、

「なあ、存Bちゃん・・・五限目のHRのことだけど・・・」

「HRのこと?」

「うん、俺が存Bちゃんの・・・その・・・世話係?・・・なっちゃったけど・・・嫌じゃ・・・ない?」

今更だけど、存Bちゃん世話係って、滅茶苦茶ゾンビちゃんに失礼なネーミングだよなぁと思う。

ゾンビちゃんは、首を横に振ると、

「全然嫌じゃないよ・・・むしろ・・・嬉しかった。」

「嬉しい・・・?」

「うん。」

そこで言葉を区切って、若干俺より前に走って行って、そして振り返る。

「ねぇ、明日からもまた・・・一緒に帰って・・・いいかな?」

恥ずかしそうに、存Bちゃんは、そう言った。

なんだか、こっちまで恥ずかしくなって・・・、

俺は、若干顔を背けながら、

「もちろん。」

端的に、それだけ伝えた。

存Bちゃんがニっと笑って。

「ありがとう。」

そう言って、また俺の右隣を歩きだす。

そこからは、二人とも、また沈黙。

だんだんと、駅が近づいてきた。

「存Bちゃんも電車?」

「いや、私は・・・違う。」

意味深に顔を伏せた。

「文人君とちょっとでも話していたかったから、ついてきただけ。」

「・・・え?」

今日、三度目になる時間が止まったような感覚。

「また明日ね、文人君。」

存Bちゃんが手を振って、交差点の角へと・・・消えていった。

最後の存Bちゃんの笑顔が、しばらくの間・・・消えずに残ってしまっていた。




 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆




―存Bちゃん―


文人君と別れた私は、どこへ行くでもなく町の中を歩いていた。

歩いていると、いやでも親子が手をつないで帰る様子が視界に入る。


―私には、一生手に入らないもの―


夕暮れ、ショッピングモールの外に設置された椅子に座っているけど、誰も私を迎えに来てはくれない。・・・分かってたことだ。

カラスの鳴き声だけが聞こえるだけ。

足をぶらーんとさせて、視線を上げると屋台みたいな感じでソフトクリームを作っているおじさんと目が合った。

 おじさんがとっさに目をそらした。

 再度十秒ほど夕暮れを眺める。


夕暮れは今日も、寂しい色をしていた。


時々、好奇な視線だったり、気味悪がる視線が私に向けられる。


もう・・・・・・・慣れてしまった。


買い物をするわけでもないのに、いつまでもこのベンチを占領しているのも悪いかなと思って、その場を離れる。

「博士に・・・会いたいなぁ。」

そんなことをつぶやいたとて、あの人が現れるわけでもない。


―ねぇ、博士・・・。私にはあと何日・・・残されているのかな?―


私は、とぼとぼと意味もなく歩き続ける。どこに歩いたって、結果は、あの子達と一緒。要は、それが研究所内で終わってしまったか、研究所の外で、終わってしまうか・・・その違いだけだ。

博士は、まだ望みを捨ててはいないようだけど・・・。

だから、もう一度考えてみる。


一目惚れという感覚は、私にはわからなかった。

でも、何故だろう・・・目が離せなくなる自分がいて・・・、


自分の腕を見ると、昨日のそれとは段違いに綺麗になっている。


時間的に見ても、きっと・・・これが、私に残された最後のチャンスだろう・・・。

若干強引だと思われてもいい。

最後のサンプルとして、最後までもがく責任が、私にはあるのだから。




 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 




―???―

「こちら、デルタ31、提示報告を行う。」

「・・・。」

「ターゲットとの関係は依然良好。」

「・・・。」

「このまま、任務を続行する。」

「勘違イスルナ。オ前ノ任務ハ監視デハナク暗殺ダ。」

「・・・。」

「ソレデ、NP4―SV―B81 ノ方ハ?」

「・・・。」

「報告シロ。」

「・・・NP4―SV―B81らしき生物は現状見当たらない。」

「了解シタ。」


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