第39話 重すぎる真実

その後。

自室のベッドに横になっても、眠気は一向に訪れない。目を閉じれば、モニターに映し出された、あまりにも残酷な『事故報告書』の文字がちらつく。

そして、あの楽しそうに笑っていた、三人の子供たちの写真。


(……知らなければ、よかったな)


それが、俺の偽らざる本音だった。

ただの、面倒な学園の謎。そう思っていた。だが、俺がこじ開けてしまったのは、そんな生易しいものではない。

それは、一人の少女から、兄と、親友と、そして笑顔を奪った、救いのない悲劇の記憶。


(……忘れよ)


(そうだ。俺は何も見ていない。何も知らない。明日になれば、いつも通りの日常が戻ってくる。俺は教室の隅で空気を演じ、天才たちが勝手にこの謎を解いて、めでたしめでたしだ。俺には、関係ないよな)


俺は、無理やり思考をシャットアウトし、ベッドの中で丸くなった。


(……)


どうしても、頭から離れない。

花壇の前で見た、ひまりさんの、あの顔。


彼女は、ただ兄がいなくなったことを悲しんでいたわけじゃない。

十年もの間、ずっと、たった一人で、あの日の惨劇の記憶と、罪悪感に苛まれ続けてきたんだ。

あの小さな背中で、一人で。


「……ああ、クソッ!」


俺は、ベッドから勢いよく身を起こした。


胸の奥で渦巻く、この正体不明のイライラ。

これは、正義感なんかじゃない。同情でもない。

ただ、俺の平穏な精神状態を乱す、最大級の『ノイズ』だ。

このノイズを消さない限り、俺はもう、心からゲームを楽しむことも、ぐっすり眠ることもできない。


「……面倒くさすぎる」


俺は、人生で一番、重いため息をついた。




そして、次の日の早朝、俺は誰にも告げずに行動を開始した。


姫奈やレンたちが、俺が無断欠席したことで学園が大騒ぎになっていることなど、知ったこっちゃない。

俺は、ハッキングした情報データベースを元に、一人の人物の自宅を訪れていた。

当時の科学部顧問、今は学園を退職し、郊外で静かに暮らしている、折谷教諭。


「……君は、一体、何者かね?」

突然訪ねてきた、見ず知らずの高校生に、老教師は警戒を隠さない。

俺は、単刀直入に切り出した。

「十年前、旧理科棟で起きた事故について、話を聞きに来ました。小鳥遊隼人と、彼の幼馴染の……葵さんについて」


その名前を出した瞬間、折谷先生の顔から、すっと血の気が引いた。


数秒か、数分か、張り詰めた空気が流れる。


観念した彼は、重い口を開き、全てを話してくれた。

それは、俺がデータで知った事実を、さらに裏付ける、後悔に満ちた告白だった。

天才すぎた兄、隼人。

彼が、不治の病に侵された幼馴染の少女・葵を救うために、学園の規則を破ってまで進めていた、植物性スキルの応用による『奇跡の薬』の研究。

そして、あの日、起きてしまった事故。

暴走した実験植物。

それに巻き込まれた葵さん。そして、その一部始終を、目の前で見てしまった、幼いひまりさん。

学園の名誉を守るため、全てを隠蔽し、一人の優秀な生徒をスケープゴートにした、大人たちの汚いやり方。


「……隼人くんの実験は、完全な失敗ではなかったんじゃよ」

老教師は、震える声で、一つの希望を口にした。

「暴走した植物……あの花壇の下に埋められた『失敗作』こそが、葵くんを救う唯一の鍵じゃった。だが、それを完全に開花させ、安定させるには、彼の科学の知識だけでは足りなかった。必要なのは、生命そのものに働きかける、強力な『生命力』を司るスキルじゃった……」


生命力を、司るスキル。


その言葉を聞いた瞬間、俺の頭の中で、バラバラだったパズルのピースが、一つの形へと、カチリとハマった。


(……まさか、な)


ひまりさんのスキル、【動物親和】。

だが、彼女は美化委員で、いつも花に話しかけている。

彼女の名前、『ひまり』。向日葵。太陽に向かって咲く、生命力の象徴。


彼女のスキルは、ただの【動物親和】などではない。

彼女自身も、まだその本当の力に気づいていないのか。

もっと根源的な、『生命』そのものに働きかける、規格外の才能なのではないか。


「……ははっ」

俺は、思わず乾いた笑いを漏らした。

「……面倒くさいなとんでもないな、こりゃ」


俺は、礼もそこそこに、呆然とする老教師の家を後にした。

やるべきことは、決まった。

それは、俺の人生において、最大級に、そして最も、柄にもない、お節介な『面倒ごと』

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