第6話 不穏なパトロールと、招かれざる天才

翌日の放課後、俺が重い足取りで生徒会室のドアを開けると、昨日とは明らかに違う空気が流れていた。

視線が痛いのは同じだ。だが、その質が違う。

昨日までの「なんだ、このコネ入りGランク」という侮蔑ではない。

「こいつ、一体何者なんだ……?」という、畏怖と不信感が入り混じった、探るような視線。山のような書類を半日で完璧に処理した俺は、彼らにとって得体の知れない不気味な存在へとクラスチェンジしたらしい。


「やあ、影山くん」


声をかけてきたのは、副会長の一条カイトだった。彼は敵意を隠そうともせず、まっすぐに俺の目を見て言った。

「単刀直入に聞く。君は昨日、一体何をしたんだ?あの仕事量を人力で、あの時間で終わらせるなど、物理的に不可能だ。何らかのスキルを使ったとしか思えない」


きたきた。まあ、そうなるよな。

俺は練習してきた笑顔を顔に貼り付け、のらりくらりとかわす。

「いやあ、言ったじゃないですか。昔から地道な作業は得意なんですよ。火事場の馬鹿力ってやつです」

「……ふざけているのか」

「まさか。俺みたいなGランクに、大層なスキルなんてあるわけないでしょう?」


証拠はない。一条はそれ以上追及できず、「……チッ」と小さな舌打ちを残して自分のデスクに戻っていった。

危ない危ない。やはり生徒会なんて来るもんじゃない。


「――全員、集まって」


その時、奥の会長席から白金姫奈の凛とした声が響いた。

役員たちがさっと整列する中、俺も慌てて末席に加わる。


「今日は、風紀委員会との合同パトロールを実施するわ。影山くん、あなたも同行しなさい」

「はいぃぃぃ!? な、なんで俺がパトロールなんかに!」


思わず素っ頓狂な声が出た。パトロール? 冗談じゃない!

「最近、学園周辺で悪質なスキル犯罪が頻発している。生徒が何者かに襲われ、意図的にスキルを暴走させられるという事件よ。あなたにも、現場を見てもらう必要があるわ」

「いや、必要ないです! 俺、そういうの怖いですし、絶対足手まといになりますから!」


俺の全力の拒否も、この女帝には通用しなかった。

「これは、生徒会長命令よ」

その一言が、俺の全ての逃げ道を塞ぐ。

「あなたのその『強運』が、凶悪事件の現場でどう働くのか。この目で確かめさせてもらうわ」

完全に、実験動物を見る目だった。


——————


学園の校門前。

俺は姫奈に引きずられるようにして、風紀委員会の集団と合流した。

その中心に立つ、腕章をつけた背の高い男子生徒が、厳格な表情でこちらに歩み寄ってくる。

鬼の風紀委員長と名高い、三年生の『黒鉄(くろがね)ゴウ』だ。


「会長。合同パトロールの件、感謝する。だが……」

黒鉄委員長の鋭い視線が、俺を上から下まで舐めるように見た。

「なぜ、Gランクの生徒を? 我々の活動は、遊びではない。足手まといを連れてこられては、迷惑なのだが」


うわ、こっちも当たりが強い。

姫奈は動じることなく、優雅に微笑んだ。

「彼は、私の『お守り』よ。気にしないでちょうだい」

「お守り、だと……?」

黒鉄委員長は納得いかない顔をしていたが、絶対的権力者である姫奈には逆らえず、不満げに口を閉ざした。

こうして、二つのエリート集団に挟まれたGランクの陰キャ一人、という地獄のような構成で、学園周辺のパトロールが開始された。


「……あー、帰りたい」

誰にも聞こえないように呟きながら、俺はただただ面倒な時間が過ぎるのを待っていた。

しかし、厄介事はいつだって、こちらが望まない時にやってくる。


「――きゃあああああっ!」


路地裏から、甲高い悲鳴が上がった。

「行くわよ!」

姫奈と黒鉄委員長が即座に反応し、現場へと駆け出す。俺も、渋々その後に続いた。


路地裏の光景は、悲惨だった。

うちの学園の女子生徒が一人、地面に倒れ込んでいる。そして、彼女の体から放たれた植物のツルが、意思を持った怪物のように暴れ狂い、周囲の壁や地面を破壊していた。

スキルの暴走だ。


「被害者は一名! 犯人らしき姿はなし!」

「くそっ、またこいつらか!」

黒鉄委員長が忌々しげに吐き捨てる。

暴走したツルは、近づく者全てに襲いかかり、風紀委員たちも迂闊に手を出せないでいた。


「黒鉄委員長、彼女のスキルデータは?」

「『プラント・コントロール』、ランクはB! 植物を操る能力ですが、暴走状態では無差別に成長・攻撃を繰り返す! 下手に攻撃すれば、さらに活性化して被害が拡大します!」

「厄介ね……」


姫奈も、対処に困っているようだった。彼女の【天剣解放】は、広範囲を殲滅するのには向いているが、暴走した味方のスキルを「鎮める」ような繊細な芸当は不得手だ。


どうする? どうすれば被害を最小限に抑え、彼女を助けられる?

エリートたちが頭を悩ませる中、俺だけは、その現象の異質さに気づいていた。


一見、無差別に暴れているように見えるツル。

だが、その成長パターン、攻撃のベクトル、力の流れには、不自然な『歪み』があった。まるで、誰かが作った下手くそなプログラムが、無理やりループしているような……。


(あー、なるほど。そういうことか)


原因は、すぐに分かった。

分かってしまった。


(面倒くせぇ……。でも、これを放置したら、明日のニュースになって、学園が臨時休校じゃなくなって、結局俺の平穏が……)


思考が、最悪の未来と天秤にかかる。

俺は、誰にも気づかれないように、小さく、しかし深いため息をついた。

そして、絶望的な気分で、一歩前に足を踏み出した。

「あの……すみません」


俺の声に、姫奈と黒鉄委員長が、怪訝そうな顔で振り返った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る