第5話 生徒会室の洗礼と、地味すぎる初仕事
俺が白金姫奈に引きずられてきた先は、特別棟の最上階、学園の心臓部とも言える生徒会室だった。
分厚い絨毯、無駄に豪華な調度品の数々。壁には歴代生徒会長の肖像画が飾られ、その誰もが自信に満ちた顔でこちらを見下ろしている。場違い感がすごい。陰キャが一人で来ていい場所じゃない。
室内には、すでに数名の生徒がいた。
全員が、エリート特有のきらびやかなオーラを放っている。彼らが、生徒会役員たちか。
「会長、お戻りなさいま……せ。……そちらの生徒は?」
メガネをかけた、いかにも切れ者といった風貌の男子生徒――確か、副会長の『一条(いちじょう)カイト』だ――が、俺の姿を認めて訝しげに眉をひそめた。他の役員たちも、得体の知れないものを見るような目で俺に視線を突き刺す。痛い。すごく痛い。
「紹介するわ。彼が、本日付で生徒会の【特命オブザーバー】に就任した、影山ケイトくんよ」
姫奈の爆弾発言に、室内の空気が完全に凍りついた。
「と、特命オブザーバー? 会長、それはどういう……」
「先日発生したSランクモンスター討伐の際、彼は多大なる貢献をしてくれたわ。影の功労者よ」
「こ、功労者!? この……失礼ですが、Gランクの生徒がですか!?」
副会長が、信じられないという声を上げる。彼の視線は、俺の胸についているGランクのバッジを蔑むように見下していた。
だよな。普通はそう思うよな。俺だってそう思う。
「俺は本当に何も……ただ運が良かっただけで……」
俺が必死に弁解しようとすると、隣に立つ姫奈から「黙りなさい」とでも言うような、絶対零度の視線が突き刺さる。ひぃっ。逆らえない。
姫奈は、反論しようとする役員たちを威圧感だけで黙らせると、にっこりと微笑んだ。
「彼の持つ『規格外の幸運』は、今後の我々の活動に必ずや貢献してくれるわ。異論は認めない」
その鶴の一声で、役員たちはぐうの音も出なくなったようだ。しかし、俺に向けられる視線は、疑惑から侮蔑へと変わっていた。会長の寵愛か何かで、コネ入会した役立たず。そう思われているのが手に取るように分かる。
居心地、最悪。今すぐ帰りたい。
「さて、影山くん。早速だけど、オブザーバーとしての初仕事をお願いするわ」
姫奈が指さしたのは、部屋の隅にうず高く積まれた段ボールの山だった。
「あれは、過去五年分の活動記録と会計書類よ。データ化が追いついていなくてね。内容を精査して、全てPCにデータ入力しておいてちょうだい」
「……え、これ、全部……ですか?」
「何か問題でも?」
「いえ、何も……」
問題しかない。普通にやったら一週間はかかる量だ。
役員の一人が、鼻で笑うのが聞こえた。
「まあ、Gランクにできる仕事なんて、そのくらいだろうな」
完全に、面倒ごとの押し付けだった。姫奈も、あえてそれを止めない。俺がこの状況でどう立ち回るか、試しているのだ。
(……やってやろうじゃねえか)
俺の中で、何かがプツリと切れた。
どうせやるなら、こいつらの度肝を抜くくらいのスピードで終わらせて、さっさと帰ってやる。
俺は無言で書類の山の前に座ると、早速作業に取り掛かった。
もちろん、他の役員からは死角になる位置で。
「(【絶対領域】、限定起動。対象:書類整理及びデータ入力。プロセス最適化開始)」
心の中で、静かにスキルを発動させる。
次の瞬間、俺の脳内で世界が一変した。
段ボールの中の書類が、まるで意思を持ったかのようにページをめくり始め、その内容がテキストデータとして俺の記憶に超高速で流れ込んでくる。
そして、目の前のキーボードには一切触れていないにもかかわらず、ディスプレイ上では凄まじい勢いで文字が打ち込まれていった。カタカタカタ、という軽快なタイピング音は、俺が指先で机を叩いて作り出している偽装音だ。
表向きは、Gランクの陰キャが、膨大な仕事量を前にして必死に手を動かしているようにしか見えないだろう。
――それから、約三時間後。
「おい、あのコネ入りのやつ、まだやってるのか?」
「集中力だけは、あるようだな」
役員たちがそんな会話を交わしながら、俺の様子を見に来た。
そして、彼らは目を疑うことになる。
山のようにあったはずの段ボールは、全て空っぽ。書類は年代別、項目別に完璧にファイリングされ、整然と棚に収まっている。
「ば、馬鹿な……! 書類の山が……消えている!?」
「ま、まさか……データ入力は……」
副会長が震える手でPCの画面を確認し、絶句した。
「……終わっている。五年分のデータが、全て……。しかも、確認した限り、入力ミスは……一つも、ない……」
生徒会室が、あり得ないほどの静寂に包まれる。
全員が、化け物でも見るかのような目で俺を見ていた。
俺はそんな視線には気づかないフリをして、大きく伸びをしてみせた。
「ふぅ……疲れました……。会長、今日の仕事、これで終わりでいいですよね? 俺、帰ります」
わざと疲労困憊の演技をしながら立ち上がると、役員たちがモーゼの十戒のようにサッと道を開けた。
ただ一人、白金姫奈だけが、その場で動かずに俺を見ていた。
彼女の紫の瞳は、もはや侮蔑や好奇の色ではなかった。
それは、未知の脅威と対峙した者の、強い警戒心と――そして、ほんの少しの歓喜が混じった、獰猛な光を放っていた。
「ええ、お疲れ様。また明日、楽しみにしているわ。影山くん」
その挑戦的な笑みに、俺は「明日から学校休もうかな」と本気で考え始めた。
俺の平穏な日常は、どうやらもう、どこにもないらしい。
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