第7話 陰キャの助言と、女神の確信
「あの……すみません」
俺が恐る恐る発した声に、現場の視線が一斉に突き刺さった。
特に、鬼の風紀委員長・黒鉄ゴウのそれは、虫けらを睨むような鋭さをしていた。
「Gランクが口を挟むな! 邪魔だ、下がっていなさい!」
一喝され、俺は「ですよねー」と心の中で相槌を打ちながら、すごすごと下がる……フリをした。だが、その一瞬で、俺の隣にいた白金姫奈は何かを感じ取ったらしい。彼女は黒鉄委員長を手で制すると、俺に視線を向けた。
「何か気づいたの? 影山くん」
その紫の瞳には、俺の答えを試すような色が浮かんでいる。
ここで「はい、この現象の法則を見抜きました」なんて言えるはずもない。俺は、可能な限りのヘタレ演技で切り出すことにした。
「い、いえ、あの、全くの素人考えなんですけど……」
俺は指を震わせながら、暴れ狂うツルの一点を指さした。
「あのツル、よく見ると……あそこの、マンホールの蓋のあたりだけ、避けて通ってるように見えませんか? もしかしたら、冷たい鉄みたいなものが苦手とか……そんなこと、ないですかね……?」
もちろん、これは俺のスキル【絶対領域】が解析した、暴走の法則の歪み――犯人が仕掛けた強制コントロール術式の、僅かなバグの一つだ。だが、彼らにとっては「Gランクの陰キャが偶然気づいたこと」にしか見えないはずだ。
「……鉄が苦手?」
黒鉄委員長は「馬鹿馬鹿しい」と鼻で笑った。「Bランクスキルの暴走が、そんな単純なことで止まるものか」
しかし、姫奈は違った。
「試す価値はあるわ」
彼女は即座に判断すると、近くにいた風紀委員に指示を飛ばす。
「氷結系スキルの者はいるかしら。あのマンホールを狙って、冷却しなさい」
「は、はい!」
指名された風紀委員は、半信半疑ながらもスキルを発動。バスケットボール大の氷塊が、正確にマンホールの上に着弾した。
次の瞬間、現場にいた誰もが息を呑んだ。
キンッ、と冷気に触れたツルが、まるで悲鳴を上げるかのように動きを止め、そこから急速に勢いを失っていく。
「なっ……本当だ! 活動が鈍化しているぞ!」
「すごい……偶然かもしれないが、効果がある!」
風紀委員たちが驚きの声を上げる。黒鉄委員長も、信じられないという顔でマンホールと俺の顔を交互に見ていた。
だが、暴走はまだ止まらない。ツルは弱点を避けるように、別の場所で再び暴れ始めた。
まずい、このままじゃ埒が明かない。早く終わらせて帰りたい。
俺は意を決して、第二の助言を口にした。
「あ、あの! あっちの街灯の鉄柱の根本も……! それから、そこの自動販売機の右下の角も、なんだか避けてるような……! 規則的に、弱点があるみたいに見えるんですけど……!」
俺は記憶した術式のバグを、次々と言葉に変えていく。
もはや、黒鉄委員長も俺の言葉を無視できなかった。
「……全員、聞いたな! 指摘された箇所を、一斉に冷却・攻撃しろ!」
彼の号令一下、風紀委員たちが動く。
氷の矢、風の刃、光の弾丸が、俺の指摘したポイント――街灯の根本、自販機の角、ガードレールの支柱――に寸分たがわず着弾する。
すると、どうだろう。
今まであれほど猛威を振るっていたツルが、まるで電源を落とされた機械のようにピタリと動きを止め、次の瞬間には力なく枯れて、地面に崩れ落ちていった。
暴走が、完全に鎮圧されたのだ。
現場は一瞬の静寂の後、安堵と歓声に包まれた。
「やったぞ!」
「あのGランク、妙なところで観察眼があるな!」
風紀委員たちは、俺のことを「強運の変わり者」として認識を改めたようだった。黒鉄委員長も、苦々しい顔をしながらも、俺の実績を認めざるを得ないといった表情で腕を組んでいる。
よし、完璧だ。俺の正体はバレずに、事件は解決。これ以上ないほど理想的な展開。
さあ、帰ろう。そう思った、その時だった。
グッ、と、俺の腕が誰かに強く掴まれた。
振り返るまでもない。白金姫奈だ。
「影山くん」
彼女の声は、氷のように冷たかった。
「生徒会室で、もう一度、詳しく話を聞かせてもらうわ」
見上げた彼女の顔。その紫の瞳は、もう俺を試してはいなかった。
それは、全ての謎が解けた探偵の目であり、言い逃れを許さない検事の目であり――そして、追い詰めた獲物を決して逃がさない、飢えた獣の目だった。
「偶然でも、幸運でもない。あなたは、この現象の『理(ことわり)』そのものを見抜いていた。そうでしょう?」
彼女は、俺の耳元で、他の誰にも聞こえない声で囁いた。
「今度は、もう逃がさないわ」
俺の平穏な日常が、ガラガラと音を立てて完全に崩れ去っていく。
腕を掴む彼女の力は、絶望的なまでに強かった。
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