第12話 紅蓮の女王
(……ヤバい)ジョージは一歩も動けなかった。
動く隙を与えないほどの、圧倒的な殺気。
「行くわよ。セト・ジョージ!」
次の瞬間、床が砕け、彼女が空を裂いて突っ込んでくる。
速度が違う。
重力すら無視するかのような加速。
空気が引き裂かれ、足場が粉砕され、数メートル先まで砂煙が舞い上がる。
一撃目は回避不可能。
「クッ!」ジョージはとっさに両腕でガードを取った。
ゴッ!
鋭く重たい脚の一撃が、全身を貫いた。
骨が軋み、内臓が揺れる。
(クソ……一撃でこの威力か!)
ふらつく足を強引に踏みとどめ、カウンターを狙おうとした――だが、遅い。
「もっとよ!」アンジェラの第二撃が右から襲いかかる。
回し蹴り。
サイバネ脚が起こす風圧だけで視界が揺らぐ。
(……持たない!)ジョージはついに決断した。
(まだ見せたくなかったが……死ぬよりはマシだ!)
意識を集中し、脳内にイメージを描く。
《装備プリセット展開──戦闘モード》空間が捩れた。
ジョージの左腕に、黒金に輝く巨大な盾が出現する。
重力が床を軋ませ、盾の存在だけで空気が変わる。
「ッ!……それって、異空間魔法?」
アンジェラの目がわずかに見開かれる。
だが、足は止めない。
第三撃。
彼女は全体重を乗せて、真上から蹴り下ろしてきた。
盾が鳴った。
鈍い金属音が、室内を震わせた。
ガァン!
砂煙が舞い、床が割れ、天井が微かに軋む。
環境シミュレーターが自動制御で振動を抑制しなければ、衝撃で空間ごと崩壊していたかもしれない。
ジョージは盾の裏で歯を食いしばっていた。
「くそっ……なんちゅう威力……!」
ようやく砂煙が収まると、盾の向こうでアンジェラが静かに佇んでいた。
だがその姿は、戦闘の熱狂に浸ってはいなかった。
彼女は、ただ静かに――そして確かに、ジョージを見つめていた。
「……やっぱり、隠してたわね。あなたは、“ただの素手使い”なんかじゃない」
「……認めるよ。けど、今言えるのはここまでだ」
二人はしばし無言で向き合う。
やがてアンジェラの身体から紅の光が引いていき、肌の色も髪の色も元の金と白へと戻っていった。
彼女がオーバーヒートを解除したということは――
「戦闘終了よ」
ジョージは盾を解除し、静かに一礼した。
「いい戦いだった」アンジェラは微笑みを返し、言った。
「続きは……場所を変えて話しましょう。外部を完全に遮断できる、私専用の部屋がある」
「まさか、まだ尋問するつもりか?」
「いいえ。――今度は、あなたの“真実”を聞かせてほしいの。
私自身の“本音”も話すから」
ジョージはその言葉に、少しだけ警戒を緩めた。
(腹を割って話せるってことか)
そして二人は、静かに歩き出した。
静寂に包まれた密閉室――
アライアンス最高司令官アンジェラ・バルキリーの私室。
外部との通信は完全に遮断され、記録装置すら機能しない。
銀河最大の中枢において、ここだけは完全な隔離空間だった。
ジョージは深く椅子に腰を下ろし、アンジェラと真正面から向き合っていた。
彼女はもう“司令官”ではなかった。
戦闘の緊張も、官僚の仮面も脱ぎ捨て、いまこの場にいるのは、たった一人の人間だった。
「……ねえ、セト・ジョージ。あんた、この戦争がどんなものか、どれほど理解してる?」
アンジェラはそう口にすると、組んだ腕をほどいて、天井を見上げた。
「ザーグとの戦争はもう500年も続いてる。けどね……本当に恐ろしいのは、
“戦い続けているのに、何も分かっていない”ってことなの」
彼女の声には、かすかに震えが混じっていた。
あの戦闘中には一切見せなかった、生々しい感情。
「奴らは化け物よ。姿は人間の常識なんて超えてて、見る者の精神を削る。
History Museumって場所は行ったかしら?」
「……ああ、行ったよ」ジョージは頷いた。
「あそこの映像は……実物よりまだマシ。実際の戦場では、兵士たちが恐怖で声を失う」
冷たい、そして黒く粘ついた“何か”。
目の奥に焼き付いて離れない異形の存在。
「でも、それでも敵の姿が見えているだけマシなのよ。
本当に怖いのは……奴らの“動機”が、いまだに一切わからないこと」アンジェラはジョージを見た。
「500年戦っても、何一つ掴めない。理由も、思想も、目的もない。
ただ、殺し、壊し、進んでくるだけ。
資源を奪うでもなく、土地を支配するでもなく、言葉も通じない。
まるで、銀河そのものを飲み込もうとしてるみたいに」
「……動物のように?」
「艦隊などを率いてるので知的生命体だとは思うけど……真実は誰もわからない。
明らかに“アライアンスの全種族”がターゲットにされているのは間違いない。
戦闘は今や銀河中に広がってる。私の抵抗も、最前線の防衛も、どんどん無意味になりつつある」
しばし、沈黙。
アンジェラの肩がわずかに震えた。
「私はね……この戦争を終わらせたいのよ。誇りでも、義務でもない。ただ“終わらせたい”の」
そう語ったアンジェラの目には戦いで見せた力強さと揺るがない意思がやどっていた
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