第11話 決死の戦い

環境シミュレーターのドアが閉じた瞬間、室内の重力が変化した。


足元の床が音もなく沈み込み、地形がせり上がる。


瞬時に複数のホログラムが展開され、選択可能な戦闘環境が浮かび上がった。


《環境選択中:地球型大気・重力基準 1.05G》


《設定完了:岩盤と砂地が混在する荒野――人工太陽照明を80%出力》


ゴオオ……という重厚な風音とともに、床はひび割れ、足場が隆起し、


岩場と砂が広がるバトルフィールドが形成されていく。


地面にはわずかな赤砂が舞い、天井照明が夕焼けのような光を演出していた。


(……まるで、西部劇の決闘前の空気だな)


ジョージが静かに息を吐くと、向かいの岩陰からアンジェラが姿を現した。


その姿は、もはや“最高司令”という肩書では収まらなかった。


ヒールは脱ぎ捨て、黒のスーツは腰まで開かれており、


脚部には銀と黒のラインが走る強化義肢が露出している。


サイバネティック改造をした太ももと膝関節には加速器が内蔵され、


人工筋肉の伸縮と共に淡い赤光が走っていた。


「準備はいいかしら?」


その声は艶やかでありながら、明確な“殺気”を帯びていた。


「こっちも整ってる。好きに来いよ」


ジョージは戦闘姿勢を取る。


両足を開き、左手をやや前に、右手は引いて腰元へ。


完全な実戦型構え――その姿に、アンジェラの口元が愉快そうにゆがむ。


「……ほんと、興味が尽きないわね。あなた」次の瞬間、床が砕けた。


ドンッッ!


アンジェラが一気に加速し、猛禽のようなキックを放つ。


飛び蹴り――いや、もはや“空気弾”だった。


サイバネ脚が空気を切り裂き、目にも止まらぬ速度でジョージへ襲い掛かる。


「速っ……!」


ジョージは紙一重で身を捩り、左腕で軌道をずらす。


直後、地面に足が着弾。


爆風のような衝撃が砂埃を撒き上げ、足場が大きく崩れた。


(一撃で地形が変わるレベル……あれを正面から喰らえばまずい)


「逃げないのね。いいわ、もっと見せて」


アンジェラは続けて回転しながら連続蹴りを繰り出す。


脚部からスパークする電磁衝撃波が尾を引き、ジョージは間合いを計る隙もなく押され続けた。


しかし――


「……そろそろ反撃してもいいか?」ジョージの右拳が動いた。


《正拳突き》ドガッ!


低くうねるような重音が響き、拳が空気を圧縮してアンジェラの膝へ激突する。


サイバネのフレームがわずかに軋み、アンジェラの体が後方へ吹き飛ぶ。


「ッ……重い!」転倒はしない。


が、そのまま受けたことで体勢は崩れた。


(見た目のシンプルな攻撃のくせに、質量が尋常じゃない……!)


アンジェラは笑った。


「いいわね。あなたの“素手”、面白すぎるわ」


再び距離を詰め、今度は上段からの踵落としを放つ。


ジョージはそれを半身で受け流し、肘でガード。


その反動を利用して、間髪入れずに反撃した右肘がアンジェラの脇腹に沈み込んだ。


《カウンター》


ゴッという低く重たい打撃音が、岩のような静寂に響きわたった。


一瞬、アンジェラの体が浮くように揺れ、足元がぐらついた。


サイバネ脚の内部から小さく蒸気が漏れ、機構が微かに悲鳴を上げる。


「……ッく……!」彼女の吐息が洩れる。


苦悶、驚き、そして……悦び。


(……効いたな)


ジョージは拳を引き戻しながら、間合いを取り直す。


が、追撃には移らない。


本能が警告していた。


(この女は、本気じゃない)


――アンジェラは片手で脇腹を押さえながら、笑った。


「驚いたわ……“正確な間”と“芯を捕える角度”。


まるで、長年の実戦を潜り抜けてきたゴシャンの師匠みたい」


「お褒めにあずかり光栄だな。こっちは必死だったが」


「その“必死”で、私に有効打を入れる人間なんて、そういないのよ」


そう言いながらも、アンジェラの表情はどこか楽しげだった。


戦闘という行為そのものを、彼女は心から楽しんでいる。


いや、それだけじゃない。


「……でも」一呼吸。


彼女の瞳が変わった。


蒼い炎を湛えた瞳が、じわじわと熱を帯びるように鋭くなる。


「ここから先は、命の保証はできないわ」


ジョージが身構えた。


だが彼女は、さらに一歩踏み込むように囁く。


「お願い、死なないでね。私、あなたを殺したくないわ。でも……本気の私って手加減が難しいのよ」


それは冗談にも、脅しにも聞こえなかった。


ただ、事実を静かに告げた言葉。


次の瞬間、重力すらねじ曲げるような圧が空気を押し潰した。


ジョージの目の前で、アンジェラの肌が淡く紅に染まり始める。


血液が肌の下で蠢き、血管が赤く輝いて浮かび上がっていく。


「……ナノ血流強制解放。通称オーバーヒート」


彼女の囁きが、ジョージの背筋を凍らせた。


血液中のナノマシンが強制的に循環速度を高め、


全身の神経伝達と筋出力リミッターを超えて増幅させる危険な戦闘モード。


軍でも使用は制限されている、命を削る覚悟が必要な技。


アンジェラの髪が金から紅へと変色していく。


燃え上がるような紅蓮の奔流が彼女の身体を包み込み、司令官ではなく“戦闘の化身”へと変貌していく

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