2-1

彼を乗せたエスカレーターはゆっくりと亀より少し速い速度で上へと上っていく。

会社勤め時代は、その速度によくイライラしていたものだと彼は思った。

先程、注意されたばかりだが当時は気持ちばかりが急いてエスカレーターの上を歩いて移動していた。

定年退職後は気持ちも落ち着き、歩くことは無くなったが代わりに隣を歩いて移動する人に苛立ちを覚えたものだ。

代わり映えのしない白い世界をまっすぐ見つめながら、彼はふっと笑った。


白い世界に少し飽きてきたとはいえ、エスカレーターひとつでそこまで考えにふけることができるとは・・・


自然と笑いがこみ上げてきた頃、唐突に白い世界が崩壊した。

きらきらとガラスの破片のように音も無く崩れる白い世界の後ろ・・・彼にとって懐かしい景色が姿を現した。


「ここは・・・」

彼は息を飲んだ。

懐かしさと切なさで胸がいっぱいになる。

そこは彼が幼少期を過ごした場所だった。

今では珍しい空き地の土管、その近くには子供達に人気の大きな木が静かに立っていた。

少し離れた場所では少し大きな少年達が野球をし、小さな少年達は追いかけっこをして遊ぶ。

土埃の匂い、子供達の笑い声や怒鳴り声、カラスの鳴き声にひなたぼっこをする猫。

何もかもが彼の忘れかけていた記憶のままだった。

彼は思わず、後ろを振り返った。

もう少しじっくりと景色を見たいのに、エスカレーターは止まることなく進んでいく。

彼は一歩、下りようとした。

しかし、その足を下ろすことなく前に向き直る。

「逆走してはいけないんだったな」

馬鹿にするなと思ったばかりなのだ。

名残惜しいが、このまま通り過ぎよう。

そう彼が思ったとき、景色の一部に一人の少女が現れた。


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