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「はい、お次の方ー」
明るい声に彼が目を開ければ、そこは何もない場所だった。
ただただ無限に広く、白い世界。
その世界、彼のすぐ目の前に小さな黒色の受付があった。
「お次の方ー。こちらへどうぞー」
受付から発せられる声。
彼のことを呼んでいるのだろう。
声の主の姿が見えないことに警戒心を抱きながらも、彼は受付へと近づいた。
「はい、えーっと・・・。ふむ、順風満帆な人生だったようですね」
声しか聞こえない受付で、ぱらりと書類がめくられる音が響いた。
「不満も何もなく、家族に温かく見守られ老衰。いやー珍しい死に方だ。こんなに人間として理想の死を迎えられる方はそうそうおられませんよ」
感心感心
「さて、貴方はご自身のことを善人だと思いますか?」
唐突にそう問われ、彼は驚きながらも頷いた。
「犯罪もギャンブルも何もしなかった。家族にも慕われていた」
なるほどなるほど
「そうですかー。まあ、書類を見る限りでもそのようですね」
では、こちらへどうぞ
ぼんっと判子を押す音が聞こえると、彼の斜め右前方の白い世界が姿を変えた。
それは働き始めてからよく見た物・・・黒色の乗り場と黄色のラインが描かれたエスカレーター。
「ではあちらにお乗りください。貴方の行き先はエスカレーターで決まります。いやー、最近は階段だと歩き疲れるって苦情が多いんでエスカレーターになったんですよねー」
尋ねてもいないのに受付は楽しそうに説明した。
「では、いってらっしゃい」
ばさりと書類が落ちる音がした。
彼がエスカレーターに向かい、それに乗るとゆっくりと動き出した。
「あっ。エスカレーターは歩いたり走ったり逆走しちゃ駄目ですからねー。ぜっっっったいに動かないでくださいよー」
「何を当たり前のことを・・・」
彼はそう呟き、前を向いた。
行き先の分からない彼を乗せて、行き先を知っているエスカレーターはゆっくりと上へと上がっていった。
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