中編
(早く来すぎちゃった……)
新宿駅に到着した
現在時刻九時三十分。待ち合わせ時間の三十分前に来てしまった。それほど、このデートは
(先輩、どう思ってくれるだろう……)
久々に気合を入れて選んだ服装を見て、少しだけ気恥ずかしさが湧いていた。
赤を基調とし、白い星型の柄が入っているニットのトップスを視認し、黒のフレアスカートを手に持ち、問題ないかを確認していく。
次に珍しくつけたノンホールピアスにも手を触れながら、楕円形のダイヤの形をなぞり、
最後にミニバッグから取り出した手鏡で自分の顔を確認した。
その中でも真紅に包まれた口元は色っぽさを出していて、自分では普段と違って新鮮に見えるが……
(これで正解なのかな……)
あくまでおしゃれっぽく見えであろう形を再現しただけだ。好きな人が喜んでくれる確証は持てなかった。
周りの視線に晒されながら、想い人を待つ
それを風で靡びて少しだけ露になった
「ごめん! 待った?」
「そんなことないです。
先輩から目を逸らして恥ずかしそうに答える。それに「そうなんだ」と
「じゃあ、行こうか……って思ったけど、どこに行こうか?」
先輩の提案に、勢い任せに行きたい場所を上げようと思ったが、声が引き
「行きたい場所あるの? あるなら言ってみて」
鼓膜を包み込むような先輩の優しい声が響き、彼女が湧いていた謎の緊張は一瞬にして解けた。
彼の方を見て、勇気を振り絞って言葉を吐き出す。
「渋谷に美味しいアイスクリーム屋さんがあるんです……もし良かったら行きませんか?」
一瞬の沈黙が広がる。先輩の表情が少し変わったような気がして
「マジ! 俺アイス好きなんだよね!」
子供みたいなキラキラした目をして、彼女の提案に喜びを見せた。
思った以上に好印象だったようで、
先輩の姿を見ているととても安心する。
安心感を与えてくれる高身長もそうだが、何より、こんな自分でも大切に扱ってくれるという雰囲気が彼の格好から漂ってくる。
今回も、デートという名を使っているため、気を使ってかなり服装も気合を入れてくれたらしい。
灰色のTシャツに紺色のジャケットは爽やかな彼と相性が悪そうに見えるが、意外にもとても似合っていた。さらに下に履いているボトムパンツは彼のスタイルの良さをさらに強調、その上、
(野球帽も味出してる……)
彼が被っている黒色の野球帽が全体の締まりを際立たせていた。
彼に完全に虜になり、見惚れていると……
「行こっか!」
彼女の手を急に握り、電車の中へと導いて行く。
先輩の行動に胸がキュンとし、しばらくは鼓動の高まりが収まらなかった。
「そのアイス屋さんって、どんな感じなの?」
電車の椅子に横並びに座りながら、
まだ先程の出来事が頭から離れない四季は、彼の行動に反応できないでいた。
「おーい、
「は、はい!」
「声が大きいよ」
周囲の人が彼女の方を振り向き、少しの間だけ注目の的となる。
顔を疼くめ、萎縮する彼女だったが、
「こんな感じです」
スマホで検索した画像を見せ、説明を省略していく。
写真映えしそうな外見だ。種類も豊富で何回訪れても楽しめそうな雰囲気の店。
「一回、母と行ったんですけど、とても美味しくて、
その後もその店での思い出を長々と語る
SNSに写真をあげたことや、同じアイスでも口溶けや味が全く違うことなど、いつも以上の饒舌になる。
舌が回りすぎて自分でもどんな言葉を口から出しているのかわからなくなってしまったが、そんな彼女の言葉を
「で、絶対先輩におすすめしたかったんです」
「そうなんだね。でも、俺も知らない店を知れそうで嬉しいよ」
先輩のかけてくれる言葉ひとつひとつが嬉しくて、
そうして話をしていると、目的の渋谷駅へと辿り着いた。
「こっちです」
次は
「そう言えば
「えっと……最近、サッカーをテレビで見て、かっこいいなーって、それでお手伝いしたいと思ったんです」
「そうなんだ……俺としてもサッカーに興味持ってくれて嬉しいよ!」
純粋な意見が痛い。本当は
「先輩はなんでサッカーを?」
「
「先輩なら大丈夫ですよ! 絶対立てると思います」
「そうかな?」
「できますよ!」
確信は持てなかったが、先輩を思うあまり強い声援を送ってしまった。
サッカーの話題で盛り上がり、心も打ち解けかけてきた時、
ゲーセンから出てきた女性に釘付けになり、足が止まってしまう。
「
「はい!」
「もしかして……『チビリュウ』のファン?」
「えっ! そうですけど……」
「そうなんだ! 俺もあのキャラクター好きなんだ。可愛いよね」
鋭い牙に反して点のような目が愛くるしいキャラクター。男女ともに人気が高く、さまざまな企業ともコラボをしている。
「ちょっと、ゲーセン寄ってかない? できれば俺もあのぬいぐるみ取りたいし」
「いいですけど……」
「じゃあ、決まりだね!」
当初の予定とは別に寄り道をしてしまうことになったが、アイス屋の次に何をしようかは決めていなかったので、ちょうどいい。
二人で並び、ゲーセンの中に入って行った。
久しぶりの光景だ。高校生になってから、
最近はクレーンゲームの需要が伸びているのか、
「チビリュウ!」
先程、狙っていたぬいぐるみがあるゲームの前に立つ。
念願の『チビリュウ』を前にして目の色が変わる
早速プレイを始め、狙いを定めた。しかし……彼女自身はクレーンゲームが苦手だったので、全然上手くいかない。
何度も、何度も真剣に向き合う彼女を横目に
「変わろうか?」
そう提案してくれて、彼女は彼の言葉に甘えて交代。次は
サッカーと向き合っているのと同じくらいの真剣度で、その姿にも
ただ掴むだけではなく、爪先で引っ掻いたりして上手い具合に目的のぬいぐるみを投降口へとズラしていく。そして、
「取れた!」
『チビリュウ』のぬいぐるみが落ちて、
「どうぞ」
「でも、先輩は……」
「俺も欲しいけど……また今度でいいよ。それよりも
「ありがとうございます……」
恥ずかしそうに、しかし、嬉しそうに言葉を発する。
笑みが溢れた
突然の行為に
いつも隠れている
「目、見えてた方が可愛いよ」
そう言われて、彼女の顔は真っ赤になった。その場から逃げ去りたい気分になり、彼女は「お手洗いに」と一言残してその場を去った。
逃げ込んだ場所で鏡を見ながら、自分の真っ赤になった顔を見る。
「見られちゃった……どうしよう。あんな間近で……」
あれはもうキスをするくらいの距離感だ。好きな相手を前にあれは、心の準備ができていても胸が張り裂けそうになる。
それが不意打ちでやってくるのだ。彼女がこの場所に来てしまうのも無理はない。
深呼吸して、自分を落ち着かせてから彼女はこの場所を出て、
*****
ぬいぐるみを抱えながら、二人は本来の目的であるアイス屋さんへと向かった。
先程の出来事があったので、
「なんで、
「特に理由はないです」
「そうなんだ……でも、俺は上げたほうがいいと思うよ。そっちの方が可愛いし」
「せ、先輩がそういうなら……考えてみます……」
「うん! そうした方がいいよ」
恥ずかしさで目を逸らし、黙々と歩いて行く。すると……目的のアイス屋さんが見えてきた。
遠目から見ても行列ができているのが視認でき、あまりの人気ぶりが窺える。
早速二人は最後尾に並んで行く。
「楽しみだね」
「そうですね」
ずっと一緒に並んで歩いていたが、それでも隣に憧れの先輩の姿があるのが嬉しかった。
二人は雑談しながら、自分たちの番を待つ。そして、五分ほどして順番が回ってきた。
入っているカップは淡い水色で装飾されており、真ん中に店名が白色で描かれているだけのシンプルな物。
だが、そのシンプルさが味を出している。そこに入っているアイスクリームがクマの形をしていて、とても可愛い。
それを写真に撮り、SNSに早速アップする
「うーん、美味しい!」
「そうだね」
使っている素材も上品なもので、口溶けが滑らかだ。
濃厚な上にくどさも無いとても上質なアイス。コンビニやスーパーではなかなかお目にかかれない代物だった。
美味しすぎてぺろっと食べ切り、二人は満足感に包まれる。
「さて、次は俺がおすすめのスポットを教えてあげようかな。アイスを教えてくれたお礼に」
そう言って、
先輩のおすすめスポットという言葉を聞いて、
「あれ? 誰からだろう……」
「ごめん、ちょっと席外すね」
そう言って、
先輩に限って他の女ということはないだろうが、自分との時間に水をさされたような気分になったから。
あれから先輩は十分ほど帰ってこなかった。しかも、戻ってきたら戻ってきたで、
「ごめん、急用ができちゃって……今日はこれでお開きにしてもいい? おすすめスポットはまた今度行こ。本当にごめんね」
そう言われて、デートを強制的に終了させられてしまったから。
*****
週が明けて月曜日がやってきた。
あの後も
デートを途中で終わらされ、あの後、連絡が取れなかったから。
「先輩、何があったんだろう……」
急用と言っていたから、心配事に巻き込まれているいうことはないだろうが、連絡をしても繋がらないというのは不安を通り越して心配が勝ってしまう。
「でも、学校には来るよね」
そう言い聞かせながら、彼女は校門を潜る。
先輩に言われた通りに前髪を切り、目をしっかりと見えるようにイメチェンした。
正直、恥ずかしい気持ちがあるが、大好きな人のために勇気を振り絞って行動したのだ。喜んでくれると嬉しい。
ドキドキしながら、廊下を歩き、自分の教室に向かおうとしていると……学校に登校してきていた先輩の背中姿を捉える。
「せん……」
彼を呼び止めたかったが、途中で足が止まる。なぜなら……
「
「そんなことないよ。あんなことがあったんだ。
「でも、大切な用事だったんでしょ?」
「まぁ、大切っちゃ、大切だが……」
と、いう会話が聞こえてきた。しかも、彼の隣には知らない女が並んでいて……
自分が見ていた光景は彼が擦り寄ってくれただけの優しい世界だったのだと……
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