後編

 心の底からの絶望とはこういうことを言うのだろう。


 好きな人に弄ばれ、挙げ句の果てには裏切られる。


 理玖斗りくとは自分とデートをしていてどういった感情を抱いていたのか。


 心の中では嘲笑していたのではないだろうか。


 浮かれている自分を見て、お気楽な奴だと見下していたのではないだろうか。


 そう思うと、涙が溢れて止まらなかった。


「先輩……」


 それでも彼を思う気持ちが変わらない。大好きで大好きでたまらなく、一時も頭の中から彼のことが忘れられない。


 それは周りの音を遮断させるだけの効果があり、休み時間終了のチャイムが聞こえないほどであった。


「えっ!」


 しばらくして、廊下の周りに誰もいなくなっていることに気がつく。そして、急いで教室に戻ると、


間宮まみや、何してたんだ」


「す、すみません……」


 当然、先生に怒られ、シュンとした気分で着席する。


 いつも通り授業が始められていくが、それすらも集中できずに終わった。


 放課後。やる気は起きなかったが、先輩の顔を見ずにはいられなかった。


 重たい足を動かして部活へと顔を出す。


(先輩……)


 彼の方も四季しきに気付いたようだ。しかし、即座に顔を逸らし、そそくさと自分がやるべきところへと行ってしまう。


 先輩も後ろめたさは感じているようだが、何も言ってこないのを見ると、挽回できるほどの言い訳すらも考えていないということなのだろう。


 それがただ悔しくて、悔しくて仕方なかった。結局、やるべき仕事に集中できず、顧問に怒られてしまい嫌な思いすらする。


「やっと終わった」


 額の汗を拭いながら、深呼吸をする。


 今日は時間がとても長く感じられた。いつもの三倍はあったのではないかと錯覚するほどだ。


 そんな疲労感を少しでも回復するために、近くのベンチに座って休憩して行こうとすると……ふと、目の端に先輩の姿を捉えた。


「先輩!」


 つい、いつもの調子で彼の名前を呼んでしまった。


 振り向く理玖斗りくとにあの日の出来事の真相を聞こうと思ったが、彼の顔を見るなり急に竦んでしまい、何も言葉を発せられなかった。


 急に黙り込んだ四季しきを見て、理玖斗りくとは何も言わずにその場を去ってしまう。


 それを見て彼が自分と向き合うつもりがないのだと理解。本人を前にして最後の希望すらも打ち砕かれてしまった。


 *****


 あれから三日ほどが経過した。理玖斗りくとと遭遇しないように学校生活を送っていた四季しきは今、校庭に設置されているベンチに腰掛けていた。


 あの日の光景を思い出すと、胸が痛くなる。純粋な気持ちを踏み躙られ、精神をボロボロになるまで傷つけられた気分だ。


 大好きだった気持ちすらも薄れていき、不信感すらも募らせる要因を作っている。


「それでも四季しきは先輩のことが……」


 諦めきれなかった。まだ信じたいと思っている自分が心の奥底に存在していたのだ。


 残酷な現実と自分の都合のいい理想とが頭の中を支配していく。


 そんなふうに不安と葛藤で混乱していると、


「大丈夫?」


 と、頭の中に優しい声色が入ってきた。


 初めて聞いたのに、安心感のある声。まるで夏の日にさざめく風鈴のような感覚を味わった。


 声の方に振り向くと、ひとりの女性が立っていた。


 ふわっとした茶髪の短髪。ボーイッシュな雰囲気を醸し出しているが、自分と違って胸など出るところは出ている女性らしい体型をしていた。


 正直羨ましいとも思えたが、そこまで深く考えるだけの思考を今の四季しきはできなかった。


「どうしたの?」


 自分の目の前で手を上下に振ってくれる。その女性の行為に唖然としていた四季しきは正気に戻った。


 そして、冷静に状況を確認できるようになった四季しきは、ひとみに映る女性を見て驚愕した。


 女性は前に理玖斗りくとと共に歩いていた人だったから。


 因縁の恋敵こいがたきとの遭遇に四季しきは言葉が詰まった。


「大丈夫?」


 動かない四季しきを前に恋敵こいがたきは呑気に聞いてくる。頭の中がふわふわする感じがして、彼女の声が心地よいと思ってしまい情けない。


 頭をブンブンと振り回し、腑抜けた感覚を振り払いながら女の方を睨みつける。だが、四季しきの行為に女はキョトンとしていた。


「なんで、なんで、そんなお気楽でいられるんですか!」


「そうは言われても……」


「私はアナタに怒ってるんです。だって! だって!……」


 ただの八つ当たりだ。そんなことはわかってるが、大好きな人を強奪した相手を前に感情を抑えることなどできなかった。


「ちょっと、落ち着いて。多分、君は何か勘違いをしてるよ」


「何を言って……」


「だって、君、四季しきさんでしょ? 理玖斗りくとが話してたよ。尊敬してるって。それに、いい人だってことも」


「先輩がですか?」


「そう! 前は悪いことしちゃったとも言ってた。確かデートを途中で終わらせて帰っちゃったって。それを後悔もしてるって」


 女性の言葉を聞いて四季しきは少しだけ熱していた感情を冷ますことができた。


 自分が想像している理玖斗りくと像そのものを女性の口から聞けたから。


 だったら、この女性の正体は一体なんなのか。理玖斗りくとの彼女だとしたら、こんなことを言う必要性がない。次はそこに疑問が浮かんできて、


「あっ! 私、中川美玖なかがわみくって言うんだ。理玖斗りくととは兄妹ね」


 疑問をぶつける前に、彼女の方から自己紹介があった。


「でも、先輩のこと名前で呼んでるし……それに、先輩とは同じ学年ですよね」


「あぁ、双子なの私たち。で、名前の方は女避け? 腕組んで歩いたりしてれば、カップルに見えるでしょ? いろんな人に告白されるから嫌になっちゃたみたいで」


 事実、理玖斗りくとはモテる。高校生活だけで十人以上に告白された経歴を持つ。どれも彼の好みではなかったので断ったが、その行為が疲れたらしい。


 彼女の口から真相が聞けて安堵に包まれる。同時に美玖みくに敵愾心を向けていたことが恥ずかしくなる。


 美玖みくが隣に腰掛けてきて、ちょっとだけビクッとする。同性なのになんだか理玖斗りくとと同じ雰囲気を感じる。


四季しきさん」


「はいっ!」


「そんなに緊張しなくていいよ〜」


「でも、人見知りなので」


「そうなんだ。でも、もう友達じゃん。だから、リラックスして」


 会って数分で『友達』と言われることに違和感を覚えつつも、少ししっくりくる言い方でもあるので受け入れる。


 深呼吸をし、美玖みくの瞳を見据えた。


「緊張、解けてきたみたいだね」


「はい。それより、あのー……」


 モジモジしながら、次の言葉を探していく。


 彼女の仕草から美玖みくは全てを察して、


理玖斗りくとが君のことどう言ってたか気になるんでしょ」


「は、はい」


「まぁ、少なくとも好意は寄せてるんじゃない? 恋愛感情かわからないけど。じゃなきゃ、デートなんてしないでしょ」


「そうですけど……」


「あのね!」


 急に両肩を掴まれ、驚きを見せる四季しきだったが、そんな彼女のことは無視しながら美玖みくは言葉を続ける。


「ちゃんと思いは伝えなきゃ! 好きなんでしょ! 理玖斗りくとのこと」


「でも、断られるのが怖いです」


 胸中を表に出し、目を背ける。


「大丈夫だよ。大丈夫。私は二人のこと応援してるから」


 美玖みく四季しきひとみを射抜く。それを見て、四季しきは心の奥底から熱が込み上げてきた。そして、


「私、頑張ってみます! もう一度、先輩を誘って……」


 一度下を向く。だが、マイナスな意味でではない。覚悟を確実なものへと変えるための儀式として。


「絶対に先輩の心を射抜いて見せます!」


 儀式を終え、しっかりと美玖みくの目と向き合う。


「うん! その粋だよ。頑張って! 応援してるから」


 ちょうど、チャイムが鳴り、休み時間が終わる。二人は自分たちの教室へと戻り、いつも通りの日常を過ごしていった。


 ただ、四季しきだけは自分なりの戦に勝利を呼び寄せるために、心中でのみ士気を高めていた。


 *****


「先輩! 今度の土曜日、この前のデートの続きに付き合ってくれませんか?」


 部活動が終わり、二人きりの時間がたまたまできた。その時に勇気を振り絞り、声をかける。


 美玖みくに鼓舞されたから恐怖は一切なかった。平時と同じ声のトーンで話しかけられてもいた。


 対する理玖斗りくとは目を逸らして四季しきに向き合えないでいた。だが、


美玖みくちゃんの件ですよね。なら、大丈夫です。全部知ってますので」


 美玖みくとの関係性を話し、理玖斗を安心させていく。


「そうなんだ。でも、俺が心配してたのはそっちじゃなくて……この前、急に帰っちゃったこと。四季しきさんに嫌な思いをさせちゃったと思う。本当にごめん」


 深々と頭を下げて謝罪する彼をみて、「顔を上げてください」と彼に言葉をかける。


 その後、顔を上げた彼と目と目が合った。


「この前のお詫びとして、俺の方からもそのデートお願いします」


 こうして二人はデートの約束を果たせた。場所はもちろん、


「あの日、お勧めしたいと思ってた場所があるんだ。 そこは夕日が綺麗だから……うん、そうしよう!」


 急に自分の中だけで解釈をつけたのか、四季しきの手を引っ張って校門の方へと向かっていく。


「どうしたんですか先輩!」


「時間がないからちょっと急いで欲しいけど……デート、今日にしよう。俺ももう待てない」


 突発的な提案で四季しきの頭の中は混乱に陥った。


 正直、彼とのデートは嬉しいが、まさかここまで急展開すぎると理解が追いついていかない。


 彼の手に導かれながら、目的の場所へとたどり着いた。


 そこは小さな庭園の丘陵きゅうりょう。そこで足を止め、理玖斗りくとは丘の上から見える景色に目を向ける。


「見て!」


 理玖斗りくとの言葉通りに景色の方へと視線を移した。


 そこには夕日に照らされながら、華麗に咲き誇る花々があった。


 プロの写真家が切り取ったかのような究極の一枚。そう言っても過言ではないほど、目の前の景色は現実を超越した存在だった。


四季しきさん!」「先輩!」


 二人は同時にお互いを呼ぶ。声が被ってしまったが、


「先輩から先にどうぞ」


「いや、四季しきさんから」


 お互いに譲り合いが発生するが、四季しき理玖斗りくとの優しさに甘え、自分の胸中を表へと出していく。


「私は、先輩のことが大好きです。一緒にいる時はもちろん、いない時も、いつも先輩のことを考えてます。私の頭から離れてくれない。離れたくない。そんな気持ちでいっぱいなんです。デートできた時は、正直嬉しかったです。先輩が他の女の子と付き合ってるかもって思った時は、ショックでした。でも、誤解が解けて……今に繋がって……私は、やっぱり先輩が好きなんです。もしよろしかったら付き合ってください! これが私の精一杯の気持ちです!」


 頭を下げて、手を伸ばす。その手を取ってもらえることを信じて。


四季しきさん。君の気持ちはわかったよ。でも、その手はまだ受け取れない」


「そうですよね……やっぱり……」


「違うよ。だって、俺はまだやってないことがあるから」


「えっ!」


「俺の話も聞いてくれるかな?」


 彼の包み込むような優しい声に導かれ、四季しきは顔を上げる。そして、彼が紡ぐ言葉を真剣に受け止めるために耳を傾けた。


「俺ね。君がマネージャーとして入ってきた時、ビビってきたんだ。なぜだろうな。君は地味だったし、暗い雰囲気も持ち合わせてた。けど、俺はなぜだかそうは思わなかった。ふと思ったのは、なんでこの子は自分を卑下してるんだろうって」


 思いがけない言葉に四季しきは絶句する。だが、彼の言葉は終わらない。


「最初はそれだけだったんだけど、真剣に仕事に立ち向かう姿勢を見て、俺の心はさらに動かされた。君にどんどんと惹かれていったんだ。気づいたら、俺の考えることはサッカーの次に君になってた。美玖みくにこのことを相談したんだけど、ちょっと笑われたよ。俺が人を好きになるなんてって。でも、それだけ真剣だったんだだから……」


 理玖斗りくと四季しきの手を掴む。


「俺の方こそよろしくお願いします!」


「いいんですか? 私なんかで」


「はい。俺は四季しきさんがいいんだ」


「私、根暗で友達も少なくて……先輩に釣り合いませんよ」


「これから釣り合うようにしていけばいいんだよ」


「でも……でも……」


四季しき!」


 いきなり呼び捨てで呼ばれ、ビックリするが、すぐに優しい声色に変わり、


「君は自分が思ってるほど哀れな人間じゃない。それは俺が保証する」


 そう言って、理玖斗りくと四季しきを抱き寄せた。


 ギュッと彼女の体を抱き抱え、耳元で囁く。


「だから、俺のそばにいてください」


 次の瞬間、涙が溢れ出てきた。


 憧れの人にこうまで言ってもらえる。なら、自分はそれに恥じないように応えるしかない。


「先輩」


「なに?」


「私、今、人生で一番幸せです!」


「そうか……俺もだよ」


 二人はしばらく抱き合ったまま、愛を分かち合う。その姿を絢爛けんらんな夕日が映し出していた。


**********************


根暗な私が憧れの先輩と付き合うまでをお読みいただきありがとうございます!

僕的にはいい作品ができたと思っているのですが、楽しんでいただけたでしょうか?


ここから本題に入ります。


今回はお知らせがありましたので、あとがきとしてここに記しております。

本日より、2週間ほど短編投稿をお休みさせていただきます。

理由としましては、新作連載の方の筆があまり進んでおらず、そちらに執筆の時間を割きたいと思っているためです。


何卒、ご理解いただけますようお願いいたします!

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根暗な私が憧れの先輩と付き合うまで 新田光 @dopM390uy

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