第5話『空港出入り口封鎖!』
刑事の無線指示が飛んだ瞬間、会議室の静寂は破られた。ドアが開き、複数の警察官が慌ただしく駆け込んでくる。彼らの緊迫した表情が、事態の深刻さを物語っていた。
「全員、配置につけ!対象は黒いパーカーの男、強力な電波発信装置を所持している可能性がある!」
刑事の怒声が響き渡る。それを合図にしたかのように、空港ターミナル全体にけたたましい警報音が鳴り響き始めた。
『緊急事態発生。ただいまより、当空港の全ての出入り口を封鎖します。お客様は、その場で警察官の指示に従ってください』
冷静さを装ったアナウンスが、逆に人々の不安を煽る。先ほどの緊急着陸でざわついていた到着ロビーは、一瞬にしてパニックのるつぼと化した。
「何があったんだ!?」
「出られないって、どういうこと!?」
悲鳴と怒号が飛び交う。人々は出口へと殺到するが、そこにはすでにシャッターが下ろされ、警備員と警察官が固い壁を作っていた。
わたしは父と母に寄り添われながら、ガラス張りの会議室からその光景を呆然と眺めていた。わたしの言葉が、この巨大な空港を、巨大な檻に変えてしまったのだ。
「爆破犯を逃がすな!」
ロビーのどこかから、そんな叫び声が聞こえた。誰が言ったのかは分からない。しかし、その一言はウイルスのように瞬く間に人々の間に伝染し、恐怖を増幅させた。誰もが周りの人間を疑いの目で見るようになる。黒っぽい服を着ているだけで、ひそひそと指をさされる。
「おい、あいつじゃないか?」
「パーカー着てるぞ!」
疑心暗鬼が生んだ小さな火種が、あちこちで燃え上がろうとしていた。
「まずいな……」
年配の刑事が、苦々しい表情で舌打ちをする。
「この混乱に乗じて紛れ込まれたら、見つけ出すのは困難になる」
田中機長は、冷静にロビーを見渡していた。
「犯人は、自分が特定されたことに気づいているはず。だとしたら、最も警戒が手薄になる場所へ向かうわ」
「手薄な場所……?」
「航空会社のクルーや職員しか使わない通路。あるいは……」
機長の言葉が途切れた、その時だった。
「警部!3階の国内線出発ロビーで、男が防犯ゲートを強行突破しようとしています!」
無線から、切羽詰まった声が飛び込んできた。
刑事が即座に反応する。「特徴は!?」
『黒のパーカー!身長170前後、がっしりした体型です!』
わたしの証言と一致する。間違いない、あいつだ!
「全隊員、3階へ向かえ!絶対に確保しろ!」
刑事が叫び、部屋から飛び出していく。他の警察官たちも、その後を追う。部屋には、わたしと両親、そして田中機長だけが残された。
父が、震える声でわたしに尋ねた。
「お前……本当に、あいつが犯人なんだな?」
わたしは強く頷いた。もう迷いはなかった。
「うん。あの冷たい目は、忘れない」
ガラスの向こうで、人々が波のように動き、警察官たちがその波をかき分けるように走っていくのが見える。空港全体が、一人の男を捕まえるために動いている。
田中機長は、わたしの肩にそっと手を置いた。その手は、意外なほど温かかった。
「あなたのおかげよ。ありがとう」
その言葉に、わたしは顔を上げた。彼女の目は、初めてわたしをただの少女としてではなく、共に戦う仲間として見ているようだった。
「犯人は、なぜ飛行機を?」母が不安そうに尋ねる。
「分かりません」機長は首を横に振った。「でも、ただのハイジャックではないことだけは確か。あの装置は、計器を狂わせ、墜落させることも可能だったはず。それをしなかった。羽田に引き返させた……。何か、別の目的があるのかもしれません」
別の目的。その言葉が、わたしの胸に重くのしかかる。
遠くから、激しい怒号と、何かが倒れるような鈍い音が聞こえてきた。犯人との攻防が、始まったのだ。
空港ロビーは騒然とし、出入り口は固く封鎖されている。
爆破犯を、犯人を、逃がすな。
人々の叫びが、閉鎖された空間にこだましていた。わたしたちは、その戦いの結末を、固唾をのんで見守るしかなかった。
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