第30話

部屋の崩壊が始まった。天井からコンクリートの破片が降り注ぎ、床は激しく軋んでいる。私たちがいる異空間が、現実世界へと還ろうと、悲鳴を上げていた。


「これが…本当の鍵だ!」


陽菜が拾い上げた真鍮の小さな鍵。悠真はすぐにそれを受け取り、固く閉ざされた鉄扉の鍵穴に差し込んだ。


鍵を回すと、鉄扉は「キーッ」という長い摩擦音を立てて開き始めた。扉の向こうからは、夜の旧校舎の地下室の空気が流れ込んできた。埃とカビの匂い。それは、私たちにとって何よりも安堵を呼ぶ現実の匂いだった。


「行くぞ!」


悠真は、まず意識のない健太を抱え、扉をくぐった。次に陽菜が結衣を支え、私も急いで後に続いた。


私たちが扉をくぐり抜けた瞬間、「ゴウン!」という地鳴りのような轟音とともに、鉄扉は内側から粉々に砕け散った。異空間は、完全に崩壊したのだ。


私たちが倒れ込んだのは、埃まみれの旧校舎の地下室だった。時計は、夜中の1時ではなく、すでに午前3時を回っていた。私たちは、恐怖の空間で、どれほどの時間を過ごしていたのだろうか。


現実へ


私たちは、意識のない健太と結衣を支え、震える足で地下室から這い上がった。廊下に出ると、夜明け前の薄い青色の光が差し込んでいた。もう、怨念の叫びも、不気味な足音もない。ただ、静寂だけが私たちを包んでいた。


その後、私たちはどうにかして学校を抜け出し、それぞれの家に帰った。私たちは警察に通報することも、学校に事実を話すこともできなかった。誰にも信じてもらえないだろう。そして、何よりも、あの恐怖を「現実」にしたくなかった。


数日後、健太と結衣の意識が戻った。しかし、二人は、あの夜の出来事を一切覚えていなかった。まるで、恐ろしい悪夢から覚めたかのように、何もかもが彼らの記憶から消えていた。


「りお、私たち、いつの間に家に帰ったんだっけ?」


結衣は、不思議そうに首をかしげた。


私たちに残されたのは、恐怖の記憶と、小さな真鍮の鍵、そして悠真の兄が残した手記だけだった。


終焉の先で


私たち三人は、その後も放送部での活動を続けた。文化祭の作品は、結局「学校の噂」ではなく、ありふれた青春ドキュメンタリーとなった。誰も、あの真実を知る由もない。


悠真は、兄の死と、兄の友人の後悔を受け入れた。彼はもう、兄の呪いを背負っていない。彼は、未来に向かって歩み始めた。陽菜も、兄への憎しみから解放され、穏やかな表情を取り戻した。


そして、私。三上りお。


私は、あの夜の記憶を誰にも話さなかった。しかし、私は知っている。あの「存在しない部屋」は、もうこの学校にはない。私たちの「許し」と「懺悔」が、創立者の呪いを解き、部屋を消滅させたのだ。


ある日の放課後、私は一人、旧校舎の地下室へと向かった。そこにあるのは、埃まみれの物置。鉄扉のあった場所は、ただの古びた壁に戻っていた。


壁にそっと触れると、心の中で、誰かの感謝の言葉が聞こえた気がした。


私は、ポケットの中の真鍮の鍵を握りしめ、二度と振り返らず、地下室を後にした。もう、真夜中の囁きを聞くことはない。


私たちが残した、真実の物語は、誰も知らない、永遠の「秘密」となった。

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