第29話
私が黒板に「許し」と書き加えた瞬間、資料室全体が激しく振動した。床に倒れていた健太と結衣が、苦しそうにうめき声を上げる。悠真と陽菜は、何が起こるのかと、息をのんで見つめていた。
「りお!何をしたんだ!?」
悠真が叫ぶが、私は黒板から目を離すことができなかった。
黒板に書かれた「終焉」と「許し」。二つの言葉は、まるで水と油のように反発し合った後、ゆっくりと混ざり合い、光を放ち始めた。
その光が、教室全体を包み込む。すると、壁に貼られていた黒く塗りつぶされた生徒たちの写真が、瞬く間に元の姿を取り戻し始めた。彼らの目に宿っていた憎悪の色が消え、穏やかな表情へと変わっていく。
光の中で、私は再び創立者の魂を見た。彼は、もう怨念の顔ではなく、黒板に映し出された時と同じ、深い悲しみを湛えた老人の姿だった。
老人は、私の書いた「許し」の文字を静かに見つめ、そして、その手に持っていた白い花を、私に向かって差し出した。
「…ありがとう」
彼の口から漏れたのは、怨念の叫びではなく、心からの感謝の言葉だった。
「私の後悔は、もう終わった。この部屋も、もうすぐ終焉を迎えるだろう」
老人はそう言って、白い花を宙に放した。花は、光の粒子となって空間に溶けていき、彼の魂もまた、光とともに消え去った。この学校に縛り付けられていた、創立者の呪いが解けたのだ。
しかし、呪いが解けたことは、すなわち、この異空間の崩壊を意味していた。
床が大きく軋み、天井からコンクリートの破片が降り注ぐ。この「存在しない部屋」は、その役目を終え、現実へと還ろうとしていた。
「早く!ここから出ないと、巻き込まれる!」
悠真が叫んだ。私たちは、健太と結衣を抱え上げ、出口であるはずの鉄扉へと向かった。
だが、鉄扉は、固く閉ざされたままだった。
「くそっ、鍵がない!」
悠真が力任せに扉を叩く。その時、陽菜が、黒板の下に、何か落ちているのを見つけた。
それは、あの呪いの核だったはずの木製の箱。箱は、今やただの古い箱に戻っていたが、箱の底には、小さな真鍮の鍵が、静かに光を放っていた。
「これが…本当の鍵だ!」
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