11
「みーっけ」
男は、あろうことか――墓石の上に立っていた。
山門から下って、林道と反対側には墓地が広がっている。御厨はそちら側に網を張っていたようだ。
「おや、色男。君みたいな子、いたっけかしらね?」
「いや、初めましてだね。美人の天狗さん」
女物の靴で、御厨はふわりと立った。
底の厚みを足しても釉子より頭ひとつ分は小さい。しかし彼女を見上げる御厨に臆する様子はなく、サングラスを触りながらチェシャ猫のようににやにやと笑っていた。
「何人と『会った』?」
「ええと――町の入り口でお巡りさんひとり、それからお坊さんが七、八……十人と、金髪の女の子、保竹のおじさま。それからようやく、君って感じね」
「あっそ。じゃあちょっとはラッキーなんじゃない?」
日はついに高く昇っていた。雲のない初夏の空はどこまでも澄んで広がる。その全てを背景にして、小さな影が立っている。
「何人かはパスして、ラスボスに会えたわけだからね!」
御厨は、道化師のように大仰に、細い両腕を広げた。
「お姉さんも黛西寺流でしょ? 先に動きなよ。オレ、見ててあげるからさ」
仮に、互いに何の技量も持ち合わせていなかったとて、取っ組み合いになったら十中八九は釉子の勝利となるだろう。それほどの目に見える体格差がある。
しかしそれでもなお、御厨は泰然として笑みを消そうとしなかった。
はったりではない。
御厨という男の天賦の才――
空気の微かな揺らぎという触覚刺激を、目に見える「数値の変化」として認識する共感覚による、瞬間的な動体観察眼。
世界記録にこそ遠く及ばないものの、三〇秒あれば百桁の数の十三乗根を暗算できる高速演算思考。
一度視認した他者の動作を三六〇度から完全に記憶し自ら再現できる、映像記憶能力。
それらに比べれば、五体満足なだけの肉体は神が彼の魂に課したハンディであり、その限界へ挑むために彼は黛西寺流に触れた。
結果として組み上げられしは、無名の奥義。
一度目にした型を自らの型として取り込み、かつ同時にその対応手を導き出して捌く、無窮の後の先。
神髄を恣意的に読み替えた、御厨なりの最高効率。
無論、それもまた黛西寺流の集大成のひとつである。
「さあ、どんな技が飛び出すのかな? ワクワクだあ!」
「そうね、じゃあ名前をつけましょうか」
朝日奈釉子は、構えた。
片手を突き出し、脚を前後に大きく開いて重心を落とした、弓歩の姿勢で。
「『眉墨殺し』」
御厨の瞳が煌めく。観測が開始される。
「は?」
まず『草笛鳴し』で喉を潰され、続く『灯籠崩し』の入りで大腿骨を折られた。三手目の『浮舟渡し』を受けた時点で、御厨は声も立てずに絶命していた。
そのまま、『帷子揺し』。『秋雨晒し』。『蛸壺零し』。『夕月落し』。『目薬焦し』。『殺生癒し』。『上方移し』。『人形壊し』。『柳葉枯し』。『仮縫外し』。『八面隠し』。『若猪卸し』。『揚巻乱し』。『鉢金透し』。『濁酒漏し』。『旗本流し』。『香木倒し』。『入道戻し』。『短夜明し』。『金色潰し』。『生国探し』。『宴席荒し』。『鉄砲去し』。『竜胆躱し』。『刺青記し』。『算盤糾し』。『花魁腐し』。『遠波遺し』。『恋猫散し』。
黛西寺流の奥義、そのうち釉子の知る限りの型は七十二。
それらをただ間断なく放ち続けるというだけの、オリジナルと呼ぶには程遠い奥義である。
「シメに『関白騙し』……っと。これにてこれにて」
朝日奈釉子が『眉墨殺し』の連撃を打ち終えた時、やっと、男の小さな亡骸は地に伏すことができた。
御厨は、謎めいた雰囲気を夜霧のように纏ったまま、ここに来て何も為すことなく、血と吐物とその他の体液に塗れ、全身に数え切れないほどの打撲痕と擦過傷を作り、ほとんど原形を留めない赤黒い塊になって、惨めに死んだ。
「後の先、いつか冥土にて受けて立つわ」
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