うちの犬が溶けた

カニカマもどき

あまりの暑さで

 うちの大福が溶けた。

 ここでいう大福というのは、うちのトイプードルの名である。


 朝から、やたら暑いと思ってはいた。

 いつもより早く散歩に出たのに、ちょっとクラクラするくらいの熱気で、大福も舌を出しハッハッとやっていた。

「こんなに暑いと、体が溶けちゃうなあ」

 足元を見ると、本当に大福が溶けていた。

 原型を留めない感じで。

「本当に溶けるやつがあるかーーー!!! い、いや、溶け、なんで、えぇ?!」

 色味と、リードをつけた首輪、「クゥ〜ン……」という鳴き声から、かろうじて大福と分かるそれを見て、私は狼狽した。にしても、一体どっから発声してんだ。

「と、とにかくなんとかしないと……!」

 溶けた大福をかき集め、私は大急ぎで帰宅した。


「大福が溶けたぁ!!!」

 玄関先でそう叫ぶ。

「なんだなんだ」

 リビングからのこのこと現れた姉は、私が抱きかかえているものを見て、

「おおぅ……」

 と一瞬のけぞった後、

「とりあえず動物病院に電話だな。急げ」

 冷静な口調で、そう指示した。

 動揺はしているようで、手が震え、コップから麦茶がびちゃびゃと零れていた。


 しかし、悪いことは重なるものである。

 盆に伴うなんやかんやで、両親は家にいないし、かかりつけの動物病院も開いていない。少し遠い、救急外来ありの大きめな動物病院に問い合わせたが、

「実は、うちの獣医せんせいもこの暑さで溶けてしまって……診察や処方が物理的に不可能なんです。ごめんなさい」

 申し訳なさそうにお断りされ、

「お互いがんばりましょうね!」

 と励ましの言葉をいただいた。


「我流でなんとかするしかないか」

 仕方がないので、私たちは腹をくくった。

「大福、大丈夫か?」

 尋ねてみると、大福は「ワン!」と大変良い返事をした。どっから発声してんだ。

 まあ、案外元気っぽいのは良いことだ。

「水飲めるか?」

 ダメ元で水を与えてみると、ピチャピチャと音を立てて飲んだ。

「ご飯は?」

 驚いたことに、いつものウェットフードをもりもりと食べた。どっから摂取してんだ。

 トイレもできるようだし、案外このまま、粘菌か、ファンタジー世界のスライムみたいな生物として暮らしていくことは可能なのかもしれない。


「そうは言っても、いつまでもこのままは、やっぱ可哀想だよねえ」

 両親への連絡を済ませた姉が、ひょいと大福を抱え上げる。

「ん? なんかさっきよりちょっと弾力が……」

「どれどれ」

 冷房の効果か、外にいたときよりも大福の弾力というか、粘性というか……が増しているようだ。

「これならいけるか」

 柔い粘土のようになった大福をこね、姉が造形を始めた。このまま人力で、元の姿を再現しようというのか。

 しかし、出来たのはトイプードルではなく、埴輪はにわ(踊る埴輪)であった。

「しまった。ついクセで」

 つい、で愛犬を埴輪にするな。

 けれど当の大福は結構この姿が気に入ったらしく、器用に家の中を駆け回り、ワフワフ言っていた。

 その後も数日ごとに、鳥型とか、馬型とか、犬型とか、家型とか、様々な埴輪の姿にされつつも健やかに過ごしていた大福だが、夏が去ったら自然と元に戻った。


「やっぱり元の姿が一番だなあ」

 大福に顔をベロベロと舐められながら、私はそう思った。

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うちの犬が溶けた カニカマもどき @wasabi014

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