第23話 揺れる想い、もう一人の選択

放課後、校門を出てすぐの並木道。

 金木犀の香りが、風に乗ってふわりと鼻先をかすめる。


「……来てくれて、ありがとう」


 佐伯悠馬は、いつもより少し照れくさそうな笑顔を浮かべていた。

 手には、小さな白い封筒。


「これ、渡したかったんだ」


「……なに?」


「手紙。中学の時、書いたまま渡せなかったやつ」


 こはるの目が、少しだけ見開かれる。


「……え?」


「中学三年の冬。最後のテストのあと、

 君と、廊下で話したの覚えてる? “受験、怖いね”って言ってくれた時」


「うん……うっすら、覚えてる」


「……あのとき、もう少しで渡せそうだったんだ。

 でも……怖くて、出せなかった」


 佐伯はゆっくりと、封筒を差し出した。


「今さらだけど、受け取ってほしい。

 俺が君を、どれだけ好きだったか――っていう、証拠だから」


 こはるは、しばらくその手紙を見つめたまま動けなかった。

 そして、そっと受け取る。


「……ありがとう。でも……開けるの、少し怖いかも」


「いいよ。読まなくてもいい。

 でも、俺の気持ちは、ちゃんと本物だったってことだけは、伝えたかった」



 二人で少し歩く。


 秋の夕日が、静かに街並みを染めていく中、

 佐伯がぽつりとつぶやく。


「……俺ね。黒川のこと、羨ましいって思ってた」


「……どうして?」


「だって、不器用だけど、自分の想いをぶつけられるでしょ。

 俺は、ずっと“気づかれないように優しくする”ことでしか、

 君に近づけなかったから」


 こはるは、胸がぎゅっとなった。


(私……黒川くんの強引なところに惹かれてた)

(でも、佐伯くんの“優しさの強さ”にも、心が揺れる)



 家に帰って、制服のポケットからそっと封筒を取り出す。


 封を開けると、丁寧な文字でこう綴られていた。



こはるへ


君の笑った顔が、何よりも好きです。

君が困ってると、助けたくなるのは、ただの親切じゃない。


本当は――ずっと前から、君が好きでした。


でも、君に“今の関係を壊されたくない”って思われるのが怖くて、

ずっと言えなかった。


この手紙を渡せたら、俺、ちょっとだけ大人になれるのかな。


――佐伯 悠馬



 こはるの目から、自然と涙がこぼれ落ちた。


「……なんで、今なんだろう」


 胸の奥が、ぎゅうっと締めつけられる。


(黒川くんを信じたい気持ち)

(でも、佐伯くんに守られたい気持ち)


(“好き”と“安心”って、こんなに違うんだ……)



 その夜。

 黒川からメッセージが届いた。


【黒川】

《……明日、もう一回だけ、会ってくれ。

ちゃんと全部、言うから。》



 こはるは、スマホを見つめながら、小さくうなずいた。


「……逃げない。私も、ちゃんと答えを出す」

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