第10話 ふたりきりの放課後、教室で
放課後の教室。
カーテンが風に揺れて、夕日が机の上を染めていた。
「今日こそ早く帰るぞ!」と叫びながらクラスメイトがぞろぞろ帰っていき、
いつものざわめきが消えると、静けさがぽたりと落ちてきたようだった。
「……あ」
こはるは、自分の机に提出プリントを置き忘れていたことに気づいた。
「提出期限……今日だったよね?」
慌てて鞄を探す。けど、ない。
仕方なく引き出しや机の下まで探していると——
「……これ」
ふいに差し出されたのは、一枚の紙。
「え?」
「お前が書きかけで放置してたやつ。俺、さっき拾った」
「え、まって、どこで!?」
「席立ったとき、落ちたんじゃね。通りかかったとき拾って、置いといた」
「ありがとう……まじで命拾い……」
「アホすぎ」
「返す言葉もない……」
こはるはお礼を言って受け取ろうとしたけれど——
その瞬間、ふたりの指先が、そっと重なった。
「あ……」
たった一瞬。ほんの、ほんの数秒。
でも、その短い時間が、ふたりの間に奇妙な静けさを生んだ。
どちらからともなく、すっと手が離れる。
「……ごめん」
こはるがぽつりと言うと、黒川は俯いたまま、低い声で答えた。
「別に……謝るな」
「……」
「触られるの、嫌とかじゃねぇし。……ただ、ちょっと、慣れてねぇだけ」
照れでも怒りでもないその言葉に、こはるはふと、彼の“過去”を想像してしまった。
いつも一人でいた理由。誰ともつるまなかった理由。
そして、心のどこかで人を信じるのが怖そうな目。
「……わたしも、ちょっとドキッとしただけ。びっくりしたっていうか……」
「……そっか」
黒川は、それきり何も言わず、視線を窓の外に向けた。
⸻
教室に差し込む夕日が、黒川の横顔を照らしていた。
その横顔は、どこか寂しげで。
でも、ほんの少し、安心しているようにも見えた。
(ほんとはきっと、誰よりも繊細で、誰よりも優しい)
(……そんな君に、触れてしまった)
⸻
こはるはゆっくりと口を開いた。
「また、勉強……教えてくれる?」
「……当たり前だろ」
黒川は小さく笑った。
それは、“手が触れたこと”よりもずっと深く、こはるの胸を締めつけた。
⸻
放課後の教室。
誰もいない空間に、ふたりの呼吸だけが静かに重なっていた。
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