第11話 一緒にいる理由

文化祭当日。

 教室は模擬カフェ仕様になり、エプロン姿のクラスメイトたちがせわしなく動いていた。


「はい、いらっしゃいませ〜!」


「次の注文、アイスティーとワッフル!」


「看板係、交代お願いね〜!」


 こはるは、厨房係としてひたすらホイップクリームと格闘していた。

 朝からテンション高めのクラスに若干押され気味になりつつも、それなりに楽しんでいた。


(……でも、黒川くんは?)


 彼は「接客ムリ」と早々に申し出て、準備のときから“裏方専門”に徹していた。


 たまに教室の端で黙々と片づけをしていたり、買い出しに行っていたりする姿を見かけるだけ。


(……今日、ほとんど話してないな)


 そう思っていたそのときだった。


「こはるちゃん、黒川くんが呼んでたよ〜。なんか廊下の方で」


「えっ、私に?」


「うん。なんかプリント関係で……?」


「……わかった、行ってくるね」



 廊下の隅。

 少し人目のない階段下のスペースで、黒川が壁に寄りかかって立っていた。


「……来た」


「……なに? プリントって……」


「嘘」


「……は?」


「ただ、ちょっとだけ……外、出ね?」


「えっ」


「人、少ないとこ」



 学校の裏手、普段は生徒がほとんど来ない中庭。

 ベンチに並んで座ると、なんとなく風の音が心地よかった。


「……人、多すぎて疲れた」


「……そっか。たしかに、今日はにぎやかすぎだね」


「うるさいの、苦手なんだよ。……でも、」


「……でも?」


「お前が頑張ってんのは、ちょっと見てた」


「……!」


「めっちゃクリームの量間違えてたな」


「やめてよ……! 見ないでってば……!」


 思わず笑ってしまう。

 黒川も、少しだけ目を細めて、息を吐くように笑った。


「……なんで私、呼んだの?」


 こはるが聞いたとき、黒川はしばらく黙っていた。

 けれど数秒の沈黙の後、ぽつりと言った。


「……なんでって、言わなきゃダメ?」


「え?」


「俺が誰を呼ぶかって……別に、お前だから、呼んだ」


「……」


「人混みもしんどいし、空気に合わせるのとか、無理。

 でも、別にお前となら……いられるって思っただけ」


 それは、彼なりの“特別”の伝え方だった。


 こはるの心臓が跳ねる。


 何も言えないまま、視線を落とすと、

 ふいに黒川が自分の腕に何かを押しつけてきた。


「……ほら。出店で買ってきた。抹茶クレープ。お前、好きそうなやつ」


「……っ、ありがとう……」


「別に、なんとなくだけどな」


 ぶっきらぼうなその言葉に、胸の奥がまたじんわりと熱くなる。



 ベンチの上、手にしたクレープの甘さが、思っていたよりも優しかった。


 目の前にいる彼のことが、好きだと改めて思った。


 でも、それを口に出すのは、まだ少しだけ怖かった。



 その日、教室に戻ると、友達にからかわれた。


「なに〜、ふたりでサボってたの〜?」


「まさか裏で告白とか? キャー!」


「な、なにもしてないよ!」


 慌てるこはるに、黒川は無言のまま、軽く彼女の頭をぽんと叩いた。


「な……!」


「うるせぇな。ほっとけ」


 その仕草だけで、また心臓が痛いくらい跳ねた。

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